TOUKAIのハリ様に書いていただきました。
いつもありがとうございます。
「是非ジャックにも見せてさしあげなさい。さぞや驚くことでしょう。えぇ、それ程似合っていますよ」
恐らくは、そんなことを言って手渡されたのだろう。
仕事から戻ってきた自分を出迎えてきたティーが纏う、見覚えのない衣服を見て、ジャックは直感した。
「……ジャック?」
ことん、と首を傾げる美しい少女。
その細い肢体を覆うのは、シンプルでありながら質の良さが一目で分かるワンピースだった。
嫌がらせの一環にしても、手の込んだ物を用意すると、いつもの彼なら皮肉れただろう。
だが、網膜を焼くような鮮烈な赤に頭を揺さ振られて、ジャックはまともな思考すら出来なくなりつつあった。
血のように、赤く、ひらりと閃くワンピース。
その下から頼りなく伸びる細い脚。
ただ、それだけの共通点。しかし、それ以上とない重なりが、ジャックの悪夢めいた記憶を呼び覚ましてくれた。
「どう、したの……ジャック?」
あの日、肌を刺してきた冷気や、掻き分けた雪の感覚。それすら刹那忘れる程の深い絶望が、震えとなって蘇る。
何処でこの忌まわしい記憶を知ったのか。
今頃ほくそ笑んでいるであろうニケに対する憎悪が湧き上がるが、それもすぐに凍てついた。
「…寒いの?ジャック……だいじょ――」
目まぐるしく脳内を駆け抜ける、冬の惨劇に、ジャックは支配されていた。
屈強にしてしなやかな、獣のような強さと鍛え上げられた体を持つ彼が、今はあの日と同じ、無力な子供のようだった。
生まれながらにあらゆるものから遠ざけられ、奪われ。
与えられることなど皆無の、殆ど何も持たなかった身で、唯一無二の大切なものさえも、手放してしまった。
そして、それが取り返しの付かない状態で戻ってくるまで、見付けることさえ出来なかった。
そんな愚かで、哀しい少年時代の記憶を、ニケから贈られたワンピースによって掘り起こされてしまったなど、ティーは知る由もない。
しかし、明らかに様子のおかしいジャックを案じ、ティーはおずおずと彼に手を伸ばし――その身を強く抱き寄せられた。
「…ジャ、ジャック……くるしい、よ」
渾身の力で、か細い少女の体を捕えるように、ジャックはティーを抱きしめた。
それが、震える体を抑え付けたかったからなのか。
彼女が纏うワンピースが、かつて救えなかった彼女の面影が、見えないようにしたかったからなのか。
それとも、ティーが此処にいることを確かめたかったからなのか。
何一つとしてティーには分からなかったが。
それでも、この可哀想なくらいに必死な彼の傍にいてやらねばならないと。
ティーは近過ぎる彼の鼓動を聞きながら、情けなく丸まった背中へと腕を伸ばした。
「ジャック、だいじょうぶだよ」
なんの気なしに囁かれたその言葉は、凍ったままのジャックの心を、少しだけ溶かしてくれた。
それでもまだ、春は遠い。