あじさいの季節だ。小さい花が幾つも重なり連なり合いながら、たっぷりと集まってある。柔らかい花びらが水彩のように不思議に色づいて、水をたっぷり含んだ黒い土壌いっぱいに咲いて、元気に葉を茂(しげ)らせていた。
「好きなの?」
ちらと視界の端に白い脚が映った。子どもらしい華奢な形のワンピースがふわりと広がって、膝で折れた。小さな体温を真横に感じる。
「なんていう花?」
「……あじさい」
少女は無知だ。知らぬことが多すぎる。花の名ばかりではない。
「あじさい、好き?」
「……色が良い」
優しい花の色がよく似合うだろう。乳白色をした肌に押し花するみたいに散らせばきっと。
「じゃあ、ティーも好き」
「……ああ?」
「好き」
滑らかな肌の奥に秘めた色が脳裏にちらつく。頬よりも鮮やかで唇よりも淡い。薄い肌を縫って、舌で開けば甘い。仄かな塩の味がする。艶めかしく震えて生白い脚をさいて見下ろせば、瞳が次第に潤んで、青が溶けていった。乱れた髪をそのままにしどけなくして揺さぶれば切なく鳴く。
「もっと教えて」
「なにを」
「ジャックの、好きなこと」
いよいよ散らしたくなる。あじさいに伸ばした指の不埒なこと。白を彩りたい。湿った土に花片が落ちていく。滑らかな鎖骨に唇が触れる。あじさいの色にはならなかった。
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