外はいつの間にか寒さも和らぎ、桜が舞う季節になっていた。
今日は春休み最終日。明日からは学年が一つ上がって新学期を迎えるが、その前に私達にはやらなくちゃいけないことがあった。それは、勇仁の新しい機体に今までの記憶を引き継がせること。勇仁はアンドロイドだから成長なんてしないが、13歳という成長期真っ盛りの年齢で去年と1ミリも変わっていないとなると不審に思われてしまう。1年ごとに機体を変えるのはとても費用が掛かりめんどくさいが、深海ハルを監視するにはしょうがない事だ。今までの機体は全てこの部屋に保管されているが、今後の使い道がないと思うととても邪魔に思える。とっとと処分すればいいのにと思うが、機体に関しては私の権限はないので何も言えない。


「機体の準備が出来ました。記憶の移動をお願いします」


助手がそう言うと、私は最後の確認をして記憶データ移行のボタンをタッチした。画面にはパーセンテージが表示されていて、徐々に数字が上がっていく。
無事完了した画面が表示されると、私は起動スイッチを押してYJ14の側に行った。YJ14が目を開くのを確認すると、私は記憶が正常に引き継がれたか確認をし始めた。


「今日は何月何日?」

「…4月8日、日曜日だよな」

「私は誰?」

「大空優希、俺の妹だろ?」

「明日は何がある?」

「明日は始業式だったよな」


全部正解だ。
YJ13と外見はほぼ変わらないが目線が少し高くなっていて、昨日まで一緒に過ごしていた機体とは全く別物に見える。実際は別物なのだが、もっと内面的な、見えないところに違和感を感じてしまう。まあ数日も一緒に過ごしてしまえばすぐに慣れてしまうが、こんな感覚を味わうのは今回で4回目なので早く慣れてしまいたい。
横で目をつぶって動かないYJ13に視線を移すと、1年しか一緒に過ごしていない機体だが、もう動かないと思うと少し寂しく感じた。


*****


久々にハルくんと遊ぶ予定だったが、待ち合わせた側で急用が出来たと言われてドタキャンされてしまった。ハルくんは大した用でなければ勇仁と遊ぶ方を優先するところがあるが、反応を見るにアプモン絡みの用事だとわかった。勇仁にも私にもその事に関しては何も話してくれてはいないが、勇仁はハルくんが何かを隠していることに薄々気づいている。何かあるはずなのに「大丈夫」と言われても、逆に勇仁の心には不安が積もるばかりだった。
しょうがないので今日はもう帰ろうと思って勇仁に声を掛けようとしたところ、勇仁はとても思い詰めたような表情をしていた。


「……お兄ちゃん?」

「…あ、ああ、すまん。ハルがいなくなっちゃったしどうしようか」


無理に笑顔を作って私に聞いてきた。そんなにハルくんが心配なら無理にでも聞けばいいのにと思うが、勇仁はハルくんの方から話をしてくれるのを待っているのだろう。それにプログラミング上ハルくんが嫌がりそうな事を勇仁は出来ないので、無理に聞き出すことは不可能だ。しょうがないからそれに関してはハルくんから話をしてくれるのを待とうと思う。

来た道を辿るように帰ろうとしたが、次々と信号に引っかかっては横道に入って、遠回りをしながら歩いていた。今日はやけに信号に引っかかるなと思って出た道の先には回転寿司があり、なんでここに来ちゃったんだろうと思いながら来た道を戻ろうとすると勇仁のスマホが鳴った。


「……偶然この回転寿司のクーポンが届いたけど、食べてくか?」


見せられたスマホには目の前にある回転寿司の名前と10皿無料の文字があった。今日はついてない日だと思ったがそうでもなさそうだ。寿司はどちらかといえば好きだし、勇仁も先ほどの表情とは打って変わって嬉しそうな顔をしていたので食べることにした。

お店の中に入るとお昼時だったからかとても混んでいて、私たちはカウンター席に案内された。荷物を置いて何を食べようかと少しウキウキしながらメニューを見ていると、勇仁の席のパネルに「ご注文の品が届きます」の文字が表示された。勇仁はもう頼んだのかと思っていたが、届いたものは寿司ではなく“何か”だった。子供が遊ぶおもちゃのように見え、勇仁はそれを手に取ると珍しそうに見た。


「なにそれ」

「さあ…」


二人で困惑していると、また勇仁のパネルに文字が浮かんだ。今度は何が届くのかと思ったら、チップのような物が置いてあった。それも手に取って机の上に置くと、勇仁はそれに向かって喋りだした。いきなりの行動にかなり戸惑ったが、もしかしたらなにか見えているのだろうかと思って勇仁とチップを交互に見る。


「優希には見えてないのか?」


勇仁の言葉で私の頭上にはクエスチョンマークが浮かんだ。見えてない? 何を? まあ確かに勇仁は人間が見れない物を認知できるが、本当にそこにある物なんだろうか。それにそのチップもおもちゃらしき物も何処か見覚えがあり、今必死に記憶の中を探しているが中々ピッタリ当てはまるものが見つからない。なんだっけなんだっけ、と焦っているといきなり勇仁に名前を呼ばれて我に帰った。


「大丈夫か? 優希」

「え? ああ、うん」


勇仁の手にあるそれがとても気になる。貸してもらって見てみたが、スイッチのような物もなく、チップが入りそうな所が合ったので嵌めてみたが何も起こらない。まだ部品が足りないから動かないのか、他に来るんだろうかと思ったが来たのはこの2つだけだった。これが気になって先程までの寿司に対しての興味が薄れてしまったが、何も起こらないのならずっと悩んでいても仕方がないと思い、勇仁は7皿、私は3皿食べてお店を出た。

お店を出てからも歩きながら弄っていたが、歩きながらは危ないという理由で勇仁に取り上げられてしまった。そんな間抜けじゃないと怒りが沸いて返して欲しかったが、家に帰ればじっくり調べられるだろうと思って諦めた。
しかし回転寿司から家までの道のりは長かった。相変わらず信号は引っかかるし、どうやら回転寿司は元いた場所から家とは真逆の方向にあったらしく、とても歩くことになった。久々に沢山歩いて足が痛くなったがそのくらいどうってことなく早く家に帰りたい一心でいたら、勇仁にそのことを気付かれたのか偶然近くにあったベンチで休もうと言い出した。


「私は疲れてないから大丈夫だよ」

「そっか、優希は元気だな。でも俺が疲れちゃってさ、少しだけでいいから」


勇仁が疲れるなんて珍しい、そんなことを思いながら了承してベンチで少し休むことになった。ベンチに座ると堪えていた足腰の負担がドッと溢れ出し、一気に疲れが出た。特にすることも無いので葉と葉が擦れあう音や車の音に耳を傾けていたが、隣に座った勇仁は何処か上の空だった。まだハルくんの事で悩んでいるのだろうかと思って特に気にはしなかったが、突然何かと喋りだした。そして鞄から先ほどのおもちゃを取り出すと、それを見て険しい顔をした。勇仁には一体何が見えているんだろうと私は凝視していると、なんの前触れもなくいきなり強い風が吹いた。私は少しだけ目をつぶってしまい、すぐに風が止むと勇仁が持っていたおもちゃに色が付いた。さっきまで白と黒で統一されていたのに、紫色になっている。それに腕にはハルくん達が着けているような青い腕時計のようなものが巻かれていた。それはセブンコードバンド、アプモンをサーチ出来たりする物でアプリドライヴァーに与えられる物。という事はそのおもちゃがアプリドライブなのだろうか。私はすぐさま貸してと言おうとしたが、勇仁はセブンコードバンドを見ると立ち上がって私を見た。


「ごめん優希。俺急用が出来てさ、先に帰っててくれないか?」


申し訳なさそうに言う勇仁。今からどこに行くんだろうか、ハルくん達がアプモン絡みで何処かにいると思うが、勇仁もそこに行くのだろうか。


「私も行っちゃだめ?」


そう聞くと、ごめんな、とだけ言われた。
折角勇仁がアプリドライブとセブンコードバンドを手に入れたので私もディープウェブにいけると思ったが、今回は無理そうだ。不服に思いながらいつも通りの笑顔で「わかった」と返事をすると、勇仁は走ってどこかへ行ってしまった。
1人残された私はベンチから立ち上がると、疲れが取れてない重い足を動かして家まで向かった。地面に転がっている石を勇仁に見立てると、それを蹴って気分を晴らした。