この街に来て間もない頃、転入した先の学校でクラスの女子と早々に揉めた。しつこく喋りかけてくるその子の話を聞き流していただけなのに無視されたと言って泣き出し、私が悪者扱いになって謝るハメになった。
仲介役になっていた先生が仲直りの握手と言って私と女子の手を無理やり握手をさせてその場は静まったが、私は全然納得していなかった。そもそもあの女子とは仲直りするほど仲良くなかったし、他人の話を聞かないで自分ばかり話していた女子にも非がある。私が話そうとしても隙も与えなかったくせに無視されたと言うのはどうだろうか。周りの子達だってそう思ってるはずなのに、あの子を煽てて取り巻いてて馬鹿みたい。

話し合いが終われば女子の周りには数人の女子が集まり、心配の言葉をかけていた。あの子もあの子もあの子も、気軽に話しかけてくれたので友達になれるかと思ったが、思い過ごしだったようだ。
ランドセルを乱暴に背負って1人で廊下に出ると、そのまま下駄箱に向かった。勇仁の下駄箱を見てみると上履きが入っていたので先に帰ったのがわかると、何故だか腹が立って涙が込み上げてきた。
行所のない感情を抑えて涙を拭いて靴に履き替えると、校庭に転がる石を蹴りながら歩いた。


「優希、今帰りか?」


名前を呼ばれたのでそちらを向けば、勇仁がサッカーをしていた途中で抜け出してこちらに駆け寄ってきた。頷けば勇仁は一緒にサッカーをしていた仲間に 「俺帰るよ、またな!」と大声で叫び、近くに放り投げてあったランドセルを取りに行った。一緒にサッカーをしていた仲間達は「またなー!」手を振り返していて、信頼が出来上がっているのがわかる。
勇仁は計算通りに多くの友達が出来ていて順調だ。私も計算通りに事が進めば友達の1人や2人余裕だったのだが、今日の出来事で白紙になってしまった。少し悔しく思いながら俯いて歩いていると、前を歩いていた勇仁のランドセルにぶつかった。


「下向いて歩いてると危ないぞ」


鼻が痛いと思って眉間にシワを寄せていると勇仁は困ったように笑って手を差し出してきた。繋げと言う意味なのだろうが、機嫌が悪かった私はそれを無視して再び歩き始めた。勇仁は駆け足で私の隣に並ぶ。


「何かあったのか?」


心配そうに聞いてくる勇仁に、私は苛立ちを抑えてなんでもないと言った。
すると「そうか」と言い、話はそこで終わったように思えたが、いきなり私の頭を撫でてきた。驚いて即座に離れると、キョトンとしていて空を撫でる手は静かに下ろされた。


「驚かせちゃったか? ごめん、優希」


笑いながら謝る姿に私は罪悪感を感じた。
頭を撫でられる機会は滅多に無く、好きとか嫌いではなく怖いという感情を抱いていた。過去に叩かれたり殴られたりした経験なんて無いが、されそうと思って身構えてしまう。

本当はもっと勇仁と兄妹らしくしたい、手を繋いだり、くだらない話をもっとしたい。でも勇仁に搭載してるカメラで一連の行動は助手に筒抜けなので、そんなこと出来るわけが無い。
助手の中の“私”は兄妹のように振舞ってる人工知能科学者でしかなく、 勇仁のサポーターに過ぎなかった。
これ以上何も望めないのなら、兄妹らしく振る舞うのも馬鹿らしくなってくる。何でリヴァイアサンは私にこの役をやらせたんだろうと不思議で堪らなかった。


「帰ろう」


勇仁は歩き出し、私はその後ろに続いて歩いた。
何故だか無性に泣きたくなってしまい、滲み出てきた涙を拭って誤魔化した。


*****


今日はバレンタインだったらしく、友達の何人かにチョコを貰った。本当は学校に持ってきてはいけないのだが、先生の目を盗んではあちこちで渡したり食べていた。
私も貰ったチョコを食べたが市販の物と同じ味がして特に不味くはなく、くれた子にお礼を言えば嬉しかったのか余ったものを更に貰った。チョコは嫌いではないが、好きでも無いのでこんなにたくさん貰っても困る。私はそれを手提げに入れて帰ることにした。

帰り道に貰ったチョコを食べながら歩いていると、曲がり角で勇仁とハルくんと出会ってしまった。私はチョコを急いで手提げに隠し、二人は話しかけてきた。


「優希ちゃん、今帰り?」


私は頷けば、ハルくんは「そっかー」と言う。すると勇仁が何か食べてなかったか?と聞いてきて、私の心拍数が少し上がった。まあ、隠す程でもないので手提げからチョコを出して見せる。


「あ、そっか。今日はバレンタインだね」

「優希が作ったのか?」

「友達から貰ったの。でも食べきれないからお兄ちゃんとハルくんにもあげる」


手提げから1袋ずつ渡そうとすると、少しだけ困ったような顔をした。


「でも、それは優希ちゃんが貰った物だし……」

「いいの。1人じゃ食べきれないから」


ハルくんに無理やり押し付けてお兄ちゃんにも押し付けると、手提げの中のチョコが無くなった。ゴミを片付けたような気分でスッキリしていると、ハルくんがいきなりそうだと言った。


「これから樫の木書店に行くんだけど、優希ちゃんも行く?」

「……ううん、これから用事があるから行けないの。ごめんね」

「そっか…。じゃあまた今度遊ぼうね!」


そう言って、勇仁達は樫の木書店の方に歩いていった。
今日はこれからLコープに用事があるので早く帰らなきゃいけないのだが、あまり気が向かないので私はチョコを食べながらのんびり歩いて時間を稼ぐことにした。