神童兄 | ナノ
抜け出す話

豪華な装飾のされた広間には沢山の人が集まり、その顔ぶれは知らない人ばかりだった。縦長の大きなテーブルの上にはいくつもの美味しそうな料理が置かれており、人々は自分の食べる分だけを好きに取る事が出来るビュッフェ形式になっている。しかし俺はそんな物達に目もくれず、あたりを見回しながらただある人を探していた。

今日は、とある親戚の別荘で親戚同士の集まりがあった。これは年に1回行われている物で、毎年父さんに「今のうちに仲良くしておけば将来楽になるぞ」と言われて連れていかれそうになるが、いつも部活やら勉強を盾にして断っていた。しかし今回は兄さんが出席すると言う情報をお世話係さんから教えてもらい、兄さんに会いたいが為に思わず行くと言ってしまった。 今思えばとても虫のいい話で、父さんが仕組んだ俺を誘き出す餌だったのかも知れない。現に、兄さんは見つからない。


「おや君は神童さんちの拓人くんじゃないか」


いきなり見知らぬ人に声を掛けられたのでそちらを向くと、同い年ぐらいの男の子がいた。俺は相手に何か用があるのかと伺おうとしたが、相手から勝手に喋り出した。


「以前会ったのは小学生の時だけど、君のライバルの顔と名前ぐらい覚えているだろう? 確かに昔よりかなりカッコ良くなってしまったが、僕は僕さ」


相手は自信満々な表情で言ってくるが、どんなに自分の記憶を漁っても目の前の人物らしき姿が全く出てこない。だからと言って素直に「覚えていない」と言えるわけもなく、俺は「ああ」と誤魔化すように言えば、相手は更に話を続けてきた。


「さっきキミのお兄さんにも会ったけど、毎年見る度カッコ良さが増してってホント素敵だね!」

「……え、兄さんが此処にいたのか?」

「ん? ああ。しかし今日はあまり時間が無いと言う事で早めに退散すると言っていたよ。あ、おい何処に行くんだ! 僕の話はまだ終わってないぞ!」


俺は目の前の彼を後にして早歩きをし出すと、兄さんの事を思い浮かべながら再びあたりを見回し始めた。去年の記憶の限り、兄さんは俺と同じ髪色にあの眼差し、暗めの赤色がよく映える人で散髪していても一目見ればすぐにわかるはず。しかし、再び探してみた所で兄さんらしき姿は全く見当たらない。さっきの彼が言うには早めに退散すると言っていたので、もう帰ってしまったのかもしれない。
やはり、今年は会う機会は無いのかと思って気分が一気に沈むと、今まで張り切っていた分が疲れとなって俺の身体を襲った。兄さんがいないのなら、もうここに用は無い。控え室に戻って一休みしようと、厚くて重たい扉の取っ手を両手で掴んで引こうとすると、予想以上に軽かった。


「おっと、お先に……拓人…?」


聞き慣れた懐かしい声が聞こえたので顔を上げると、想像に浮かべていたままの兄さんがいた。いつもよりもキッチリと身だしなみを整えてるが、胸元にあるループタイのせいで周りに比べてラフに見える。俺は驚いて言葉が詰まっていると、兄さんは入ってきて目を合わせてきた。


「……久々だな」


そういった兄さんの表情はとても柔らかかったが、すぐに曇ってしまった。去年「また来年会いに来るよ」と約束してくれた兄さんだが、今年は多忙だったのか連絡は1つも寄越してはくれなかった。別に俺はその事で微塵も怒ってはいないし、兄さんが常に忙しい事は重々承知している。俺はそんな気持ちを込めて「会えて嬉しいです」と笑みを浮かべて言えば、兄さんは申し訳なさそうに微笑んでくれた。


「…どうせ暇だろ? 少しの間抜け出して近くにある海岸に行かないか」


兄さんのいきなりの提案に俺は少し戸惑った。こんな大事そうな親戚同士の集まりに抜け出しても良いのだろうか……。俺としては兄さんが折角誘ってくれたので是非行きたい所だが、父さんが少し怖くて迷ってしまう。俺は顎に手を添えて考えていると、兄さんは俺の腕を掴んで重たい扉を片手で引いた。


「父さんに何か言われたら俺を盾にすれば良いさ。それに、少しの間なら誰も気づかないよ」


行こう。手を引かれ廊下に出ると、何だか嬉しさを感じて笑みが溢れた。父さんを欺く行為と、兄さんと2人秘密で抜け出すという行動がとても新鮮で、俺達は使用人にバレないように埃一つ無い廊下を走ると、開いていた窓から外に飛び出した。
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