神童兄 | ナノ
抜け出した話

昔、学校の寮を抜け出したことがあった。努力しても報われなく、どんなにいい成績を残しても褒められなく、自分の存在価値を見出せ無くて嫌になってしまった。
セキュリティが厳しい学校で抜け出すにはとても大変だったが、友人が教えてくれた秘密の抜け穴を使って学校の外に出ると、一目散に何かから逃げる様に駆け出した。
ポケットには1万円札があるだけでほぼ手ぶらだった俺は、数時間歩いた先にあった駅の電車に乗り込んでただ遠くを目指した。その時の俺は片道に全額をかける勢いで電車に揺られていて、帰る時のことは何も考えていなかった。いや、考えたくなかったのかもしれない。抜け出したことがバレれば処罰を受けるから。

このまま消えてしまおうか。そんな事を考えていたらいつの間にか終点まで来ていた。
電車から降りればそこは見知らぬ地で、どこに位置しているのかもわからない場所。稲妻町、聞いたことは無かった。
取り敢えず歩きながら見てみようと思い駅周辺を歩き回り、商店街の方に言ってみれば見慣れない一般庶民の買い物風景があった。何処も賑やかで楽しそうで少しだけ羨ましく思う。そのまま進んで行き商店街を抜けると、暫くして川沿いに出た。生暖かい風が俺の頬を撫で、帽子を飛ばそうとする。飛ばないように押さえれば、こんなゆっくり風を受ける、と言うかゆっくりするのは初めてだと思った。
学校にいると勉強しかしなく、周りの奴らも常に学力を競って殺伐とした雰囲気だった。順位が上がれば家の評価が上がり、順位が下がれば家の評価が下がる、それが教師達の口癖だった。あんな学校に俺を閉じ込めて後継にしたいらしいが、在学中に弟が生まれたらしいので弟を後継にすればいい。小さい頃から英才教育をすれば俺以上になるだろうし、今から俺を秀才にするのは時間と金の無駄だ。

歩く足がどんどん重くなってきて、いつの間にか顔に力が入っていることがわかった。すると一気に風が吹いてきて、帽子が勢いよく飛ばされてしまった。河川敷の方へ飛ばされてしまったので下まで降りれば、そこに居た泥だらけのユニフォームを着た同い年ぐらいの少年に拾ってもらった。


「これお前のか?」

「ああ、すまない」


受け取れば、帽子を被り直す。
すると地面に転がっているサッカーボールが目に入った。


「サッカーをやっているのか?」

「ん? ああ、俺サッカー部のキャプテンなんだ! 良かったら一緒にやらないか?」

「……ごめん、俺サッカーやった事ないから」


俺はそう言うと、少年は驚いたような顔をした。
「学校の体育ぐらいはあるよな?」と聞かれたが、首を横に振れば更に驚かれた。


「でも…やってみたいから教えてくれ」

「ああ、やろうぜ! 俺は円堂守、よろしくな!」

「神童光貴、よろしく」


円堂くんからサッカーのルールを教わりながらパスやドリブルなどをしていると、ぞろぞろと似たような服を着た少年達が来た。円堂くんがそちらに行ったので俺もボールを置いてそちらに行けば、大勢の視線が俺に集中した。


「円堂、そいつは?」

「ああ、さっき知り合ったばっかの奴でさ」


円堂が自慢げに俺のことを話そうとしたとき、坂の上の道に黒い車が止まった。俺はその正体がわかると、変な汗か湧き出る前に本能的に近くにあった建物の方に走って陰に隠れた。円堂の俺を呼ぶ声が聞こえるが、自分の心臓の音の方が大きく聞こえる。チラッと円堂達の方を見ると怪しい人影は見つからなく、俺の思い過ごしかと思って安堵した途端、背後から両腕を掴まれた。振り返ればやはりそれは俺を追ってきた学園の手先で、口を抑えられて叫ばれないようにされる。じたばた暴れるが大人相手ではどうすること出来ず、捕えられた恐怖がこみ上げてきて目に涙が滲んだ。


「神童を離せ!」


円堂がサッカーボールを持って俺を捕えている男に話しかけた。しかし、男はそれを無視して俺を車に連れていこうとするが、彼らに背を向けたのが悪かったらしく後頭部に思いっきりサッカーボールをぶつけられて倒れてしまった。円堂くんにはとても心配をされたが、俺は何だか申し訳なくなった。


「……お前、夢幻学園の奴か?」


ドレッドヘアーでゴーグルをかけた奴がそう聞いてきたので頷くと、半分は驚いていて半分は唖然としていた。


「なあなあ、夢幻学園って?」

「ここから少し離れたところにある御曹司達が通う学校だ。噂では監獄みたいな学校だと聞いているが……」


ドレッドヘアーの奴が円堂くんに説明をしているうちに他の黒服の男達が影から出てきて俺を取り押さえた。円堂くん達はまた助けてくれようとしたが、俺も聞き分けのない子供ではないので2回目は「もういいよ」と言った。


「僅かな時間だったけどとても楽しかったよ、ありがとう。騒がせてごめん」


心配そうに見てくる円堂に笑みを向けて黒服達の手を振り払うと、自分から車に向った。
さっきまで取り押さえて来た黒服達も俺が帰る意を示すと普段のように丁重に振る舞い出し、何だか凄いなと思った。


「神童! また会えるか!?」


叫んで聞いてくる円堂の声に立ち止まったが、俺は振り向かずに再び歩き出した。多分君とはもう一生合わないと思う、だけど今日過ごした時間は一生忘れないだろう。学校に帰ったらどんな罰が待っているのか全くわからないが、今はそんなことよりも窓から見える赤く照らされた街が輝いているのに感動した。
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