神童兄 | ナノ
ピアノの話

朝起きる時は、目覚まし時計等を使わなくても自然に目が覚める。以前は四角くプラスチックで塗り固めれた庶民的な目覚まし時計が枕元に合ったが、弟が隣の部屋に来てからは使わなくなった。当時の弟は音に敏感だったらしく、隣の部屋から微かに聞こえてくる目覚まし時計の音に起きてしまっていたらしい。泣かれると五月蝿いから大人しく従ったが、今では1人で歩けるようになり眠りを妨げられたからって泣く事もしない。再び目覚まし時計をセットしてみようかなんて寝る度に思うが、こうやって自然に覚めてしまうのでもう僕にとっては不要な物だと感じる。人間はこうやって不要な物を増やしながら成長していくのか、僕はそう思うと目覚めたてのベッドの上で毛布を被ったまま体を丸めた。

僕は大人になんてなりたくない。今まで敷かれたレールの上をひたすら走っているだけで自由なんて無く、この先も同様に違いない。大人になって自立すれば自由になれると思っていた時期もあったが、周囲の人達から次期当主の言葉を聞く度に心が磨り減ってその希望が薄れていく。僕は神童という鎖にずっと繋がれ続けるのだ、永遠に。


〜〜〜〜


「にいさまのピアノききたい…!」


そう言い出したのは、僕と瓜二つな小さい弟だった。リビングで暇潰しにテレビを見ていたら弟がたどたどしい歩みで近寄って来て、その好奇と期待の眼差しに僕は言葉が詰まってしまう。何故急に、まずその話を誰から聞いた? 僕は弟の世話係である人に視線を向けると、重なり合った途端その人は顔を少し歪ませて「大変失礼しました」と頭を深々く下げた。この人だってあの時の僕の事を知っているはずなのに、音楽が好きな弟に話したらこうなるって予測は出来ただろうに。僕は怒りと戸惑いで感情が入り交じっている中、お構いなく弟は「にいさま」と返答を待ち続けている。


「……今少し気分が悪いんだ、また今度、ね」


ソファから立ち上がって弟を横目で見れば、無邪気な笑顔を浮かべて礼儀正しく返事をした。その表情に対し少し腹ただしく感じ、嫌な兄だと我ながら思った。


「…確かDVDの奴があったよね、あれ見せてあげたら」


扉に向かうすれ違いざまに世話係にそう言うと、「…かしこまりました」と返事が来た。僕はそれだけを聞くとリビングから廊下に出て、2階にある自分の部屋に向かう。しかし階段を登っている最中に目に涙が滲み出て来て、僕は踊り場で1回立ち止まると頬に伝った涙を拭った。
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