神童兄 | ナノ
最初の話

「お前にはもう何も期待しないよ、これからは好きにしなさい」


それは、市で一番大きい会館のエントランスで親友の父親が彼に向けて言った言葉だった。その時の親友は泣く事も怒る事もせず、無表情のまま少し俯いて「はい」と小さな声で言うだけで、父親はそれを聞くと俺達を後にした。俺はその後ろ姿がガラスの向こう側に行くのを確認すると、横で床を向いて立ち尽くしていた幼馴染の肩を掴んで下から顔を覗き込んだ。すると床に雫が落ちて行くのがわかり、名前を呼べば彼は嗚咽を漏らしながら真っ白いワイシャツの袖で自分の顔を拭った。


「……もういやだよぉ…」


彼の初めて吐く弱音に、俺はどう慰めてやれば良いかわからなかった。服が汚れてしまうのでポケットからハンカチを出して差し出してやっても、彼は俺に目もくれない。どうしようかと迷い、こんな所で泣いているのも他の人の邪魔になってしまうので近くの椅子に連れて行って座らせると、ひたすら背中を撫でてあげた。トントンとリズム良く叩いてやれば、次第に鼻を啜る音しか聞こえなくなる。「落ち着いたか?」とまた顔を覗けば、いつもの表情に戻ってはいたが目は赤く腫れていた。


「……俺は光貴の演奏が一番良かったよ」

「……」

「光貴の中では父親がこの世の全てで俺からの評価なんて全く興味もないだろうけど、出場者の中で一番上手く感じたし、一番好きだ」

「……」


彼は俺がどんな言葉を掛けても返してはくれなく、ただ一点を見つめて足をブラブラさせていた。しかし握っていた指先が先程は冷たかった物の徐々に熱を帯びてきて、彼の方からも握り返される。昔から彼が自分の胸の内を表立って出さない事をわかっているので、その反応だけで俺は充分だった。


「……僕もサッカー出来るかな」


暫くして、彼はやっと口を開いた。サッカーは彼が以前からやりたがってたスポーツ、習い事のせいで今まで触れてこなかったが、「好きにしなさい」と言われたのでその通りにしようとしているのだろう。


「俺が一緒に練習してやるさ、そして強くなろう。もう1人じゃないんだ」

「……うん」


ピアノでは俺は見守る事しか出来なかったけど、サッカーなら俺が傍にいる。同じフィールドに立って、一緒に戦うことが出来る。彼は今にも泣きそうな顔で俺を見ると、無理に微笑んで来た。その表情がとても痛々しく感じ、もう2度と見たくないと思った。
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