外から警察の声が聞こえて来る中、俺達はどうにか逃げ道は無いかと辺りを見渡していると、新村がマンホールに目を付けた。今のご時世マンホールから脱走するなんてフィクションの中でしか見た事は無いが、今はそれしか術が無かった。新村が霜月ユキナリを呼んで2人で持ち上げようとするが、マンホールの蓋は頑丈に作られているため人の手でそうそう持ち上げられる物ではない。俺も手伝いやっとのことでマンホールを持ち上げてずらすと、そこから地面の下へと降りて行った。
そして通路に降り立つと、生活排水の強烈な臭いが俺達を襲った。リンカが苦そうな顔で口元を抑えていたので俺は被っていた帽子を外すと、リンカの口元に持って行ってやる。


「これで口元覆っときなよ」

「…ありがとう、光貴くん」


リンカが俺の帽子を受け取って口元を抑えると、霜月ユキナリはその光景を見ていたようで、ふと目が合えば「優しいですね」と言ってきた。彼のその言葉に何だか照れくさくなってしまい、なんて返したら良いかわからず笑って返せば、新村が真剣な顔で話をしだした。


「ひとまずは窮地を脱したようだな…」

「まさかマンホールから逃げるなんて…ベタなスパイ映画みたいな事を経験する日が来るなんて思いもしなかったわ…」


確かに。こんな経験は一般人なら一生に一度もしないだろう。しかし、今の俺達は警察に追われている身であり、その時点で既に俺達は一般人の枠組みから外されている。こんなのはまだ序の口であり、これから逃げる先々にこのような奇想天外な出来事が待ち受けていると思うと、先程よりも更に疲れが蓄積されたような気がした。


「じゃあこれからどうしようか…」


リンカがそう言うと、俺達は考え出した。このままここで警察が立ち去るという策もあるが、警察がマンホールの地下に逃げたという可能性に気付かないわけも無く、ここに居続けるのは危険だと見る。そう思っていると、新村も同じようなことを言った。するとリンカは「早いところ地上に出ちゃおうよ」と言い出したが、こんな地下世界では方向も良くわからなく、下手して進んで地上に出れば警察と出くわす危険もあるため、それもおすすめ出来ない。


「方角的に、こっちの方が車を停めた所だと思うなー」


リンカが勘に近そうな方向感覚で指を指しながら言った。本当にそっちに方向で合っているのかと不安になったが、他に術もないのでしょうがなく思うと、彼女の言った通りの方向へ進む事にした。


「すごい、ビンゴ! 私天才じゃない?」


地上へ出ると、そこは俺達が車を停車させたすぐ側だった。自画自賛をするリンカに対して2人は賞賛したり飽きれたりと反応は様々だが、今はそんな事している場合ではない。俺はポケットから車の鍵を出してリモコンで鍵を開けると、「早くここを去ろう」と言って一番早く車に乗り込んだ。エンジンを付けている間に助手席にリンカ、後部座席に新村と霜月が乗り込み、それを確認すると俺は来た道とは違う方向に車を発進させた。


〜〜〜〜


「どうやら新村コウを助けた人物は、小野寺リンカの他にもう1人いるようです…」

「へ〜…それって“彼”だよね」

「…防犯カメラ等には帽子で上手く顔が隠れていて特定できていませんが、おそらく…」


僕はそれを聞き、小さな溜息をついた。彼は指名手配犯である森リンタロウと一緒に暮らしていた事があるらしく、重要参考人として警察側で保護する形として特別捜査本部の一員となったが、その翌日に自分のデスクの上に辞表を置いて逃走してしまった。そんな彼がまさか彼らと行動しているなんて、少し意外だったが可能性も無いわけではなかった。僕はクスリと笑うと、ツバキちゃんはこっちを不思議そうに見てきた。


「“彼”は僕達の情報網やあの人達の事を知った上で逃げてると思ったら、すごい度胸だと思ってね。“彼”の意思は強いよ」

「強い…ですか…」


以前“彼”を捜索するために家族の方に家の鍵を借りて中に入った事があるが、寂しそうな雰囲気を漂わせていた。1人暮らしの成人男性の部屋としては少し広く、物がとても少ない。そんな家のとある一室に、可愛いぬいぐるみ、勉強机などが置いてある森姉弟の部屋らしき場所があり、そのギャップがより寂しさを際立てた。その部屋に置いてあった頑丈にガムテープで閉じられたダンボールの中を見てみれば、そこには森姉弟が使っていたであろう箸や茶碗、綺麗な色合いのカーテンやスリッパなどが入っており、埃臭い部屋と相俟って何とも言えない感情になったのを覚えている。


「大人しく真面目な人だと思っていたけど、下手したら兎の皮を被っていた狼だったのかもしれないね」


森姉弟と“彼”に何があったのかは知らないが、僕は上からの命令で森リンタロウを、僕達から逃亡した君を捕まえなければならない。君が狼なら、僕たちは正義を貫く百獣の王だ。例えそれが偽りだとしても、僕達もまた檻の中で生きる動物なのだ。


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