霜月ユキナリの住んでいるマンションに着き車から降りて入ろうとした所、物凄い勢いで来たバイクがマンションの目の前で停まった。運転手のヘルメットから特徴的であろう紅白の長い髪が靡いていて見覚えのある人だと思えば、その後ろに座っている人はかつての上司だとすぐにわかった。その2人はバイクから降りるとマンションの中に入って行ってしまい、俺達は脇道に隠れて指を咥えて見ていた。


「先を越されたか…」


新村がそんな事を言ってしばらく経つと、バイクの後を追うように続々とパトカーがマンションの前に停まった。そしてマンションから霜月ユキナリが出てくると、彼はパトカーに乗せられた。彼も新村のように拘束、軟禁をするのだろうか。しかし何のために? 警察側はリンタロウ達が起こした狼ゲームの事件の情報漏洩にやけに気を使っているが、あのゲームはただの復讐劇ではないのだろうか。謎は深まるばかりで俺は目先の事に集中出来ないでいた。
そしていつの間にかリンカと新村の話が進んでいて霜月ユキナリが乗っているパトカーを追跡するという話になると、俺達は車に乗り込んですぐさま追跡を始めた。そして雑居ビルの前でパトカーが停まると、少し離れた路上で停車させてバレないように観察する。霜月ユキナリがパトカーから降りるのが見えると、そのまま雑居ビルの連行されて行った。


「警察があんな町の外れにある雑居ビルに出入りするなんて…何をするつもりなんだろう?」

「まさか…拷問とか…?」

「ちょっと! 怖いこと言わないでよ!」


物騒な話をしているが、この短時間で仲良さそうに話している2人に俺は少しだけ笑みが溢れた。だがふと我に返り笑っている場合では無いと小さな溜息をついて雑居ビルの方を見ていると、リンカに「光貴くんはどう思う?」と聞かれた。


「…わからない。でも、人目の少ない場所に連れてきたって事はそれ相応のギリギリの事をするからこそじゃないかな」


今までの警察の対応を見るに、ありえなくない話だと思うよ。俺はそう言うと、2人は黙ってしまった。すると雑居ビルから霜月ユキナリを連行した2人の刑事が出て来て再びバイクに乗って去ると、パトカーもそれを追うようにビルから去って行った。ユキナリがここに拘束されているのは今ので確実だが、助けに行こうにも見張りや監視カメラがあるはずなのでそう容易くはない。俺達はそれを覚悟すると、霜月ユキナリの救出を決行した。

ビルの中は薄暗く不気味なぐらい静かで、人のいる気配が全くしなかった。ビル自体は大きくないが一直線に伸びる廊下の通路を見る限りでも無数の扉が存在し、霜月ユキナリを探すには少し手間がかかりそうだった。だからといって単独で探すのはとても危険であり、助けに行ける保証もないのでまとまって地道に探すことにした。
最初は地下へ行って人体模型でビビったりとスリルな体験を味わったが、その人体模型が狼ゲームに参加していた米森サトルという人の実家の人体模型ということがわかり、このビルが米森サトルの実家が所有しているビルだという事が判明した。しかし米森サトルは狼ゲームの被害者であり、その遺族が警察の隠蔽工作とも言える行動に手を貸すなど矛盾が生じてしまう。これはただの偶然なのか、意図的なのか、今の俺にはわからない。そんな事を3人で話していると、上の階から「誰か助けてー!」という声が響いてきた。


「ユキナリくんの悲鳴!?」


リンカのその一言で先程までの呑気な雰囲気が緊張に変わると、俺達は霜月ユキナリの身が危ないと思って来た道を戻って上に階にすぐに向かった。今になってやっと聞こえた彼の助けを呼ぶ声、まさか本当に拷問が始まってしまったのかと思うと俺の鼓動は恐怖で早くなっていた。階段を上がって行く度に霜月ユキナリの声が徐々に大きくなっていき、まだ大声で叫んでいるだけ少し安心していた。そして霜月ユキナリがいるであろう階に着くと、彼の声と見張りであろう男の声が廊下にまで響いていた。


「この階の奥で聞こえるわね…」


リンカの言う通り廊下の先にある部屋から明かりが漏れていて、俺は「早く行こう」と言うと先陣切って物音を立てないようにゆっくりと歩き始めた。そして部屋の前まで行くと、俺達は身を潜めて微かに空いていた扉の隙間から中を覗いて見た。そこには無傷の霜月ユキナリがいたが手を椅子に縛られて身動きが出来ないようになっていて、その扱いにまるで歯向かった犯罪者にするような雑さを感じた。よく見れば見張りの男の腰には拳銃が備わっているのが分かり、下手をすれば射殺しても良いと言う命令が下されているのだろう。そうとなれば、下手に動くことは出来ない。俺はどうやって助けようかと考えていると、横に居た新村の真剣に考えている表情が視界に入り、その表情はすぐさま悪い顔に変わった。


〜〜〜〜


「よし、じゃあ行くぞ…」


新村がそう言うと、目の前にあった扉を勢いよく開けて飛び込んでいった。そこにいた見張りの男は急に入ってきた新村の存在に驚いていたが、彼はそれに応じず一目散に部屋の一角に行くと電気のスイッチを消した。すると部屋は予想通り真っ暗になり、見張りの者が1人で喚き始める。俺はそれと同時に目を開くと、微かに見える暗闇の中で素早く霜月ユキナリの近くに行って縛られていた手を解き、小声で「早く」と言って彼の腕を掴んで立たせた。そして側にいた新村の服を合図として引っ張ると、新村は大きな声でリンカの名前を呼んだ。


「任せて!」


リンカがそう言って新村の手を掴むのが分かると、2人と逸れない様に俺も霜月ユキナリの腕をしっかり掴んで走り出した。さっき強く掴んでしまった事を少し後悔をしているが、今はそれ所では無い。背後から見張りの男の俺達を呼び止める声が聞こえるが、そんな馬鹿正直な輩がいるわけ無いだろうと心の中で悪態をつきながら階段を駆け下りる。
この作戦は新村が考えた物であり、リンカと俺が廊下の暗闇で目を慣れさせておき、電気を消して見張りの目を欺き2人を連れて助け出すという物だった。最初は俺が見張りの男を取り押さえる予定だったが、あくまでも目的は霜月ユキナリの救出だったので手荒な事は避けようという形になった。
階段を下っている最中、まだ暗闇に目が慣れていないのか霜月ユキナリが転けそうになってしまい、俺は丁度前にいたので危ないと思って腕を広げると、霜月ユキナリが上手く掴まった。


「あ、危なかった……ありがとうございます…」

「…ああ」


いつもなら相手を心配をしそうだが、今は逃げる事に精一杯で碌な返しが出来なかった。少し素っ気無かったかと彼の顔を横目で見たが、階段から滑り落ちなくて良かったという安堵の表情をしていて特に気にしている様子は無かった。
早く車に戻ろうと1階に着いた所、外からパトカーのサイレンの音が聞こえて来てはその音は徐々に大きくなっていた。先程の見張りの男が応援を呼んだとしても準備が早すぎるだろう、そんな事を思いながら側にあった窓から外を見ると、そこには既に大量のパトカーが停まっているのがわかった。俺達は入ってきた裏口付近まで来たが、ビルの周囲は既に警察によって囲まれていて、外に出てしまえば確実に捕まってしまう状況下にいた。


「くそ…ここまでか……」


新村の諦めの言葉に、その場の空気が酷く冷たく感じた。


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