最近はお昼を社食からお弁当に変えた。前日の晩御飯の余り物をお弁当に詰めているだけなのだが、数ヶ月それを続けた結果昼代がとても浮いて助かっている。自炊ってこんなにも大切なんだなあと感じたが、やっぱり自分で出来る気がしなく、ミサキちゃんにとても感謝した。
自分のデスクでもそもそと食べていると、隣の席の後輩が俺の分も一緒に飲み物を買って戻って来た。デスクの上に飲み物を置いてくれ、お礼を言いたかったが口の中に食べ物が入っていて喋れなかったので親指を立てたら、後輩も親指を立てて返してくれた。


「そういえばあっちの部署少し盛り上がってましたよ、雑誌見ながら」

「へえ」

「あの数年前に電車であった事件のヤツ、大声で里中さんが、俺この事件があった隣の隣の車両に乗ってたんだよなー!って言ってて……なんか小学生みたいでしたね……」


後輩のその話を聞き、俺は箸を止めた。なんで今更そんな話が出てきたのだろう、数年も時間が経ってしまっているので正直忘れ去られていると思っていたのに。俺は小さなペットボトルのお茶を飲んで口の中をサッパリさせると、雑誌の内容を聞いてみた。


「え? 知りませんよー、先輩気になるんですか?」

「まあ、気にならないって言ったら嘘になるな」


箸に付いたご飯粒を食べ取り箸入れに入れると、広げてあった弁当箱を片付けて風呂敷を縛った。後輩はコンビニで買ったであろうおにぎりの3つ目を食べていて、デスクの上はおにぎりを包んであったビニール袋が乱雑に置かれている。それをよそ目に椅子から立ち上がると、「便所」と告げてトイレとは反対方向に歩き出した。雑誌の件、前なら知り合いでも他人事に思えたが、今ではそう思えなかった。今更あの事件を取り上げて何が書かれているのかとても気になってしまい、今の俺はそれを見ずに午後の仕事が出来るはずが無かった。
近場のコンビニに着いて腕時計を見ると、休憩が終わるまで後10分だった。大丈夫、間に合うと思いながら本のコーナーに行くと、それっぽい雑誌を片っ端から手に取って中をザッと見始めた。見落とさないように1ページずつ見て行きたいが、そんな悠長な事をしているほど時間が無い。3冊目の雑誌に手を伸ばして開くと、ページの端が折れているページでパラパラと捲っていた流れが止まった。それを見ると白黒であったが見慣れてきた2人の寄り添っている写真と、「あの衝動事件の被害者遺族の悲惨な生活!」と悪意を感じる大きな見出しが目に入った。


〜〜〜〜


雑誌を読んだ僕は腸が煮えくり返った。あの記者が言った僕達を同情する言葉は全て上辺だけで、本音はこの雑誌に載った下品な記事が物語っていた。人間と言うのは、自分以外の他の人の不幸を目の当たりにしないと幸せを感じられない生き物で、僕達はそのエサにされたんだ。僕は抗議しようと姉さんにあの記者の名刺を出してもらうと、そこに載っている番号に電話をした。しかし何度してもあの人は電話に出なく、こうやって僕達が電話してくるのを予測していたのだろうと察しがついた。怒りに任せて受話器を置くと、その名刺は思いっ切り握ってくしゃくしゃにして捨てた。
世間は僕達が思っている以上に狂っていた、あんな風に書かれた雑誌を平気で売り、儲けているのだから。この世は僕達が思っている以上に汚く、歪んでいるのかもしれない。今更そんな事に気付くなんて、僕も姉さんも愚かだった。

姉さんはとても落ち込んでいる様子だったので側に居てあげたかったが、「少し1人にして」と言われて僕はリビングに逃げてきた。姉さんがあんなに落ち込むのは昔以来で、雑誌に対する怒りが増幅すると共に、何もしてあげられない自分に腹が立った。姉さんを守るって決めたのに、また悲しい想いをさせてしまった。あの時、僕がちゃんと断っていたらこんな事にはならなかったのに。事件の時も、僕が勇気を出していればお父さんもお母さんも無事だったかもしれないのに、なんで、どうして僕は、僕はこんなに………!! ソファーで頭を掻き毟りながらそんな事を考えていると、どんどん感情が高ぶって目からは涙が滲み出てきた。気持ちを落ち着かせようと大きな深呼吸をし、体の熱を冷ます。過ぎてしまった事を悔やんでも仕方がないのはわかっている、だけどそれほど悔いが残っていて、僕はその悔いを晴らす先がわからなかった。それとも今後一生背負っていくのかもしれない。

そういえばあの雑誌には僕達の知りもしない警察官の失態の事まで書いてあり、詳しくは書かれていなかったがとても気になった。よくよく考えたら、僕達は自分達の事で精一杯で事件のことをあまり知らないのではないか。犯人の名前も、その動機も、僕達は当時中学生で頼る大人もいなく、何も教えては貰えなかった。僕達を見世物にして金儲けしている人がいるなら、その犯人を晒して金儲けしている人もいるはずだ。調べたら簡単に出てくるかも知れない、僕達みたいに。


〜〜〜〜


家に帰ると、部屋の中はやけに静かだった。いつもならこの時間はミサキちゃんが晩御飯の用意をしていて、リンタロウは部屋にいたりリビングにいたりまばらだが、俺が帰ってくるといつも出迎えてくれたのに、今日はそれがない。玄関に靴はあるので2人は家にいるはずだが、部屋にでも籠っているのだろうか。いつもの俺ならノックをして部屋の中を様子を見るが、今日はそんな気分じゃなかったのでそのまま自分の部屋に行ってスーツを脱いだ。
俺もあの雑誌を見てかなりのショックを受けたが、2人はそれ以上にショックを受けているはずだ。同情しようとしても俺が感じる痛みと2人の感じる痛みは違うわけだし、分かるはずもない。下手に励まそうとしても気に障るだけだし、こういうのは苦手なので放っておくのが俺の最善だった。
今日の晩飯はどうしようかな、なんて呑気に思いながら部屋を出ると、丁度違う部屋から2人が出て来た。その表情は何処か暗かったが強い意志を感じ、少しだけ怖く感じた。


「あ、光貴さん、おかえりなさい…!」


違和感のある笑みを浮かべながらミサキちゃんは言ってくれ、リンタロウもいつもより元気がなさそうな感じで続けて言ってくれた。


「ただいま。さっき台所見たら御飯の準備してなそうだったからさ、たまには外食なんてどうだ?」

「あ、ご、ごめんなさい……」

「ここに来てからずっと担当してくれてたし、今日はそのご褒美としてさ。リンタロウもそれでいいか?」

「…うん」


2人の返事を聞き、まだ制服姿だったので支度をするように仕向けた。2人は部屋に戻り、俺はその間リビングで待つことにした。スマホで暇を潰そうとしたが、両親からの着信の件数を見たくなくて触るのをやめ、特にすることもなく部屋の中をぐるっと見た。すると床に紙くずが落ちていたので何の紙だと思って拾って見てみると、それは名刺だった。そこには見覚えのある雑誌会社の名前が載っていて、それが何の事かわかるとビリビリに破り始めた。安っぽい紙だなあと思いながら怒りを込めて千切り終わると、ちょうど部屋から2人が出て来た。


「んじゃ行こうか。何が食べたい?」


椅子から立ち上がってテーブルの上に置いてあった車の鍵を手に取ると、玄関のほうに向かった。ミサキちゃんとリンタロウの表情はさっきよりは少し明るくなっていて、少しだけ安心した。


「しゃぶしゃぶ? ステーキ? ハンバーグ?」

「全部肉じゃん…」


俺とリンタロウの掛け合いに、ミサキちゃんは少しだけ笑った。


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