僕達は車に揺られていた。とても綺麗に掃除されている車内で、ラジオが申し訳程度に流れている。少し不安で姉さんの手を握っていたがそれもいつの間にか解かれていて、ルームミラーから見えるお兄ちゃんの顔を見ていた。


「ごめんな、俺の家からここまで少し遠くてさ…」

「い、いえ、そんなことないです……!」


お兄ちゃんの言葉に、姉さんが返答した。
公衆電話からお兄ちゃんにかけたあの日、まるで今の状況から助けを求めるかのように「引き取ってください」と声を揃えていった。するとお兄ちゃんは軽く笑うと、電話越しでもわかるぐらいの嬉しそうな声で「もちろん」と言った。今の住んでる家の人にはお兄ちゃんから話をつけてくれるとの事で10円分の会話が終わると、僕の心は久し振りに満たされていた。不思議と笑みが溢れてしまい、姉さんを見れば僕と似たような表情をしていた。
そのまま家の人に怒られる覚悟で帰ると「君達を引き取ってくれる人が出てきた」と話をして来て、早くても明々後日には迎えに来ると聞かされた。僕達の事を邪魔者扱いしてきた家の人達は「良かったわね」と薄っぺらい笑顔を作りながら心にもないことを言ってきて、とても気持ちが悪かったが、でもこの人達とももう二度と合わないと思うと、とても清々して笑顔で返すことが出来た。それからの3日間、お兄ちゃんが迎えに来てくれる日まで学校で嫌がらせなどを受けても以前より腹が立たなくなり、心にとても余裕が出来た。あと2日、あと1日とこんなに待ち遠しく思えた日は初めてだった。


「お兄ちゃん…光貴さんは今何をしてるんですか…?」


そう聞いてみると、ルームミラーに映るお兄ちゃんの目と少しだけ合った。お兄ちゃん…光貴さんは少しだけ笑うと、「お兄ちゃんて呼び方久しぶりだな」と言った。


「普通にサラリーマンだよ。2人を養えるぐらいは稼いでるから心配なんてするな」


車は右折をした。すると今度は姉さんの方から手を握って来て、どうしたんだろうと姉さんを見ると、窓の方を向いて表情は分からなかったが、左手は目を擦るようにして滲み出てくる涙を誤魔化していた。僕はそんな姉さんに釣られてしまったのか目に涙が滲み出て来てしまい、僕も姉さんと一緒に誤魔化した。


そうして着いた先は普通のマンションだった。荷物を持ってエレベーターに乗ると光貴さんは5階を押して一息ついた。こうして並んでみると、僕も結構大きくなったつもりだったが光貴さんの方が頭半分ぐらい大きかった。少し悔しいななんて思いながら光貴さんを無意識に凝視していると、ずっと見ているのがバレたのか目が合ってしまい、思わず逸らしてしまった。僕は何事もなかったかのようにエレベーターが上がっていくのを静かに待ち、5階になると扉が開いて光貴さんの後に続くように降りた。

部屋の中に入ってまっすぐ歩いていく間にドアが2つほどあり、一人暮らしのわりには広い部屋に住んでいるなと思った。リビングに出ると「疲れただろうから座ってて」と言われたので僕と姉さんはソファーに腰掛けた。荷物を肩から降ろして床に置くと、少しだけ辺りを見回した。ソファー以外にテレビにテーブル、棚に本が並んでいるだけで、他に何もない。ケチを付けてしまうようで悪いが、あまりにもシンプルなのでもうちょっと物を置けばいいのにと思ってしまった。そんな事を思っていると、光貴さんが僕達に飲み物を持ってきてくれ、僕達は普通のコップだが光貴さんのは紙コップで少しだけ申し訳なく感じた。


「少し休憩したら買い物行こうか。いろいろ必要なもの買わなきゃいけないし、一人暮らしだったから冷蔵庫の中も空っぽでさ。と言うか俺料理できないけど……」

「あ、わ、私料理出来ます…!」

「あ、本当? ミサキちゃん料理出来るなんて頼もしいなー」


姉さんが思い切ってそう言うと、光貴さんは微笑みながら言ってくれた。その表情は昔見たお兄ちゃんの顔と重なり、やっぱりこの人はあのお兄ちゃんなんだと改めて思った。自分がそう思ったのを感じると、心の何処かでまだ光貴さんをお兄ちゃんと信じきれていない自分がいたというのがわかってしまい、僕はこんなに疑い深い人間だったかと気付かされた。逆にそれは光貴さんに対して失礼だと思い、もう不安なんてない、安心して良いんだと自分に言い聞かせると気分が一気に楽になったと同時に疲れも襲ってきた。出された飲み物を飲むと、ただの麦茶なのにとても美味しく感じた。


〜〜〜〜


一休みが終わって僕達は再び車の乗り込むと、近くのデパートに連れて行かれた。光貴さんはデパートの入口にあった銀行でお金を下ろすと僕達にお金を渡してくれて「少し別の用があるから晩飯は任せた」と言って何処かに行ってしまった。姉さんは渡されたお金をポケットに入れると、僕を見て「行こっか」と優しい笑顔で言ってくれた。

「今日の晩御飯どうしよう……リンタロウは何か食べたい物ある?」

姉さんは食材を見ながら言った。なんだかこうやって買い物に来るのが久々で、僕は嬉しい気持ちが顔に出てしまうのを必死に抑えていた。何でもいいよ、姉さんの手料理が食べれるなら。そう言うと「そういうのが一番困るんだよね…」と姉さんは言ったが、その表情は何処か嬉しそうに見えた。
とりあえず明日の朝食も確保するため、いろんな商品をカゴに入れていく姉さん。カゴの中を見ても一体何を作るか予想もつかないので買い物が終わるのを待っていると、光貴さんがいきなり背後から現れた。心の準備ができていなかったので驚いてしまうと、光貴さんは「驚きすぎだろ」と笑った。少し遅く感じたので何の用事だったのか聞こうと思ったが、そんな根掘り葉掘り聞いても失礼かなと思って聞くのはやめた。


「あ、待て。俺の家フライパンとかも無いんだった……。これ終わったら買いに行こうな……」


光貴さんが急に真面目な顔をして何を言い出すのかと思ったらそんなことで、僕と姉さんは顔を見合わせると思わず笑ってしまった。光貴さんはそんな僕達を見て「笑うなよー!」と怒ったが、その表情は何処か恥ずかしそうで嬉しそうだった。

そして買い物が終わって車に戻ると、後部座席に大きな買い物袋があった。光貴さんは「ああ、ごめんごめん」と言うとそれを片側に寄せ、買い物袋をその上に乗せた。後部座席に2人で乗れなくなってしまったので姉さんが助手席に座ることになり僕は車に乗り込むと、大きな買い物袋の中身が気になってのでこっそり覗いた。するとそこには布団一式が2つあり、僕達の布団だとすぐにわかった。僕は何も見なかったことにして窓の外に顔を向けると、空は深い青色に染まり始めていて、微かに赤色が残っていた。その境目が紫色になっていて、いつにも増して綺麗に見えて感動してしまったのか、目の前が歪んでしまった。


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