「光貴さんに話があるんだけど」


晩御飯を食べ終わってくつろいでいると、リンタロウに内緒話をするような小声で言われた。俺の返答を待っている間チラチラと台所で洗い物をするミサキちゃんを見ていたので聞かれたくない内容だと悟ると、俺は「部屋で話すか」と言って椅子から立ち上がった。こうやってリンタロウが相談してくるのは初めてで、嬉しくもあり緊張もしていた。何を相談されるのかわからないが、人生の先輩としてきちんとしなければ。そんな浮かれたことを思っている中、背後でミサキちゃんが心配そうな視線で俺達を見ていた事をは知らないまま、部屋の中に入った。
俺は自分の布団の上に座ると、リンタロウは座布団の上に座った。その表情はいつもより固く、真面目に見えた。そんな深刻な話しなんだろうかと固唾を飲んでどう喋りだそうか迷っていると、リンタロウが先に口を開いた。


「…姉さんがそろそろ誕生日でさ、何かあげたくて……」

「…お、おう。そ、そっか、そっか……」


何を切り出されるんだろうと思っていたら、随分と可愛らしい話題だった。俺は何だか拍子抜けしてしまって笑いそうになってしまったが、ぐっと堪えてニヤけるだけに留める。口元に手を当てて悩んでる振りをして誤魔化していると、いきなり「光貴さんて兄弟とかいた?」と聞いてきた。


「……いない、かな」


平然とした様子で言うと、リンタロウの目が一瞬笑ってないように見え、嘘を見透かされたようで心臓が大きく高鳴った。思わず咄嗟にリンタロウから目を逸らしてしまったが、再び見ればいつも通りの表情で「そうなんだ」と言った。今までそう見えた事なんて一度も無かったのに、と思いながら話を続けると、リンタロウは再びその話題を出した。


「光貴さんにもし女の兄妹がいたら何をあげる?」


その表情はいつもの笑みというよりも、作り笑いの方に近かった。何故ミサキちゃんにじゃなく、“女の兄妹に”何だろうか。しかしリンタロウからしたら今の俺は相談相手であり、身内の意見ではなく第三者の意見を求めているのかもしれない。そう思ったらそんなに深く考える理由も無くなるが、その前にそんな些細な事を気にしている俺自身が可笑しいと思った。俺はしょうがなくあの妹達を記憶の奥底から引っ張り出して何をあげるだろうと考え始めたが、1度だけあの妹達にあげた事があったという忘れかけていた記憶を思い出してしまい、俺は少しだけ息がしづらくなった。

再婚して初めて迎えた妹達の誕生日。父親に「お前からも何かプレゼントをあげてやれ」と言われてお金を渡されたが、女の子の好きな物なんてわからなく、それが妹達となると尚更だった。それでも一応家族になったので、いろんなお店に行っては一生懸命探した。それで選んだのはお揃いの服を着たクマのぬいぐるみであり、手が磁石になっていて手を繋げることが出来る物だった。正直カップル向けの商品だったが誰もが知ってる人気のキャラクターであり、これなら貰っても嫌じゃないだろうと思った。
しかし、俺があげたプレゼントは妹達に開けられることは無かった。それに気づいたのは数日経った頃で、探し物をしている時に押し入れを開いたら埃に塗れた荷物と一緒に出て来た。丁寧にラッピングされたまま投げ込まれたらしく、袋が少し破けていた。見なかった事にして押し入れに戻した後一人で静かに泣いたが、その後数日はショックから立ち直れ無かった。その出来事が、妹達と関わらなくなったきっかけでもあった。


「……わかんないなー」


俺は困ったように言った。商品を見て気に入らなかったならまだしも、見ないまま捨てたのは本当に辛かった。消えかけていたはずの古傷を自ら切り込んでしまい、俺は少しだけ気が重くなったような気がした。正直、ミサキちゃんに渡すとなっても何をあげようか迷ってしまう。ミサキちゃんはそんな事しないってわかっているが、確信がない限り自らあげる事は出来ないだろう。そんな自分の思いに気付いてしまうと、2人の事を信じていると言いながら妹達と無意識に重ねてしまっている自分にも気付いてしまい、腹が立った。


「…何か顔色悪いけど大丈夫?」


いつの間にか顔が俯きがちになっていて、リンタロウに顔を覗かれながら言われた。俺は咄嗟に顔をあげると、「大丈夫」と笑いながら誤魔化した。さっきまで元気だったのだが、思い出してしまって気分が悪くなってしまったのだろうか。俺は気分転換に首と肩を回すと、大きくため息を付いた。


「まあ、ミサキちゃんの事ならお前の方が知っているだろうし、弟から貰った物なら何でも嬉しいだろう。気持ちがあれば何だって良いんだよ」

「…そうだよね、物より気持ちだよね。ありがとう」


リンタロウはそう言うと、座布団から立ち上がって部屋を出ようとした。すると、ドアノブに手をかけた瞬間「そうだ」と言ってこちらを振り返った。

「光貴さんも何か用意して置いてね」

姉さんには内緒だよ、と人差し指を立てて言った。


〜〜〜〜


姉さんの誕生日と言うのはただのハッタリだ。重要なのは、光貴さんが姉さんに対してプレゼントを用意してくるのか、だ。
あのノートの事を整理していると、僕は考えてはいけなさそうな疑問に辿り着いてしまった。もしかして光貴さんは僕達を妹の代わりにしているんじゃないのか、と。欲しがっていた妹が出来た物の、迫害されてしまっては仲良くするなんて夢のまた夢だったはず。その夢を叶えるために、赤の他人である僕達を引き取ったんじゃないんだろうか。勿論、そんな事は微塵も考えたくはないが、もしそうだった場合、僕達は結局妹の代わりにしか見られてなかった事になるわけで、今まで与えてくれた優しさ等は全て僕達にでは無く、妹への思いへとなってしまう。現に、光貴さんは過去に妹へプレゼントをあげて捨てられてしまった思い出がある。もし僕達と妹は別物と考えていれば、そんな過去とは関係の無い姉さんにプレゼントを贈るなんて容易いだろう。トラウマが残っていたとしても、#姉さんがそんな事する人じゃないって光貴さんはわかっているに決まっている。…そう思いたい。
なのでこの作戦を実行する事にした。姉さんには前回の事もあるので何も伝えてはいないが、何か仕掛けたことはバレているだろう。俺はこんな姉不幸者でごめん、と思いながら、姉さんを守り抜く為だと自分に言い聞かせた。

この世の玩具にされていた僕達に手を差し伸べてくれた光貴さんは、僕達自身を求めてくれてたのか、それとも妹の代わりを求めていたのか、その答えが出るまでのリミットは2日だ。天国を見ようが地獄を見ようが、今更もう運命は変えられない。僕はもしもの事を想像して手が震えそうになるが、それを抑えるために力強く握ると、自分の手が驚く程冷たく感じた。


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