俺は他の人達みたく外で遊ぶのは得意じゃなく、図書室に行き本を読んでいる方が有意義に思えた。学校生活の中で唯一周りに合わせなくて良い行いで、本は知らない事や世界を沢山教えてくれる。それをずっと貫いてきたせいか親しい友人が周りに比べて少ないらしいが、別に不便でも無いため特に思いはしなかった。

今日も図書室に本を借りに来たが、次の巻が他の誰かに借りられていたので、本の予約だけをして教室に戻ってきた。読みたい本以外の本は今の所あまり興味が無いし、読書三昧で読み疲れていた所も合ったので休憩に丁度良かった。
残った昼休みの時間はどう過ごそうかと思いながら自分の教室に戻って来ると、自分の席でいつものように裁縫をするいっちゃんと、それに視線を向ける女子の塊が目に入った。いっちゃんの事をチラりと見れば、口角を上げながらコソコソと話している。もしそれが男子だった場合は100%の確率で陰口だが、女子だと恋バナの可能性もあるのでハッキリ悪とは断言できない。少し様子を見ようと自分の席に着くと、女子の塊のうちの数人がいっちゃんに近寄って声を掛けた。


「斎宮くんはいつも何作ってるの?」「なんか女の子っぽい服みたいだよね」「大切なお人形さんにでも着せるの?」


女子達が畳み掛けるように言うと、いっちゃんは手を止めてそちらに視線を向けた。女子達は期待の眼差しでいっちゃんを見ていて、一人は耳を真っ赤にしている子もいる。やっぱり先ほどは恋バナをしていたのか。少しだけ気分が晴れたのでいっちゃんがどう返答するのか気になりそちらを見ていると、いっちゃんは視線を戻して裁縫を再開した。


「君達には関係ないだろう」


その言葉を聞いた女子達は「そっか」とだけ言い、いっちゃんから離れて女子の塊の方に戻った。去り際に女子のうちの1人の「つまんないの」と言う声と共にクスクス笑う声も一緒に聞こえ、俺の晴れていた気持ちは一瞬にして曇った。確かに今のはいっちゃんの態度が良くなく悪く言われてもしょうがないが、友人が悪く言われるのは心が痛い。いっちゃんは俺以上に心が繊細で泣き虫なので、さっきの心無い言葉で落ち込んでないか様子を見るためにいっちゃんの席に行くと、彼は再び手を止めてこちらを見た。


「……泣いてる顔はあまり似合わないのだよ、男主くん」

「…泣いてないし」


俺に軽口をたたけるぐらいなので、然程気にはしていないようで安心する。俺はいっちゃんの前の机の椅子をこちらに向けて座ると、いっちゃんの机の上に散らばる布切れを見て「何を作ってるの?」と聞いた。言ってしまった後で先程の女子達と同じ事を聞いてしまったと後悔をしたが、いっちゃんは「服なのだよ」と答えてくれた。


「服? どの子の?」

「この間、りゅ〜くんの家で作った子のだよ。いつまでも裸のままでは可哀想だからね」


この間と言っても数ヶ月前の事で、忘れかけていたので一瞬間が出来てしまったが、思い出して「そっか」と返した。
あれはりゅ〜くんのお母さんが「自分だけのぬいぐるみを作りましょ」と言い出し、乗り気じゃなかったりゅ〜くんや俺も強制的に参加させられた出来事だった。結局俺はりゅ〜くんのお母さんの手を7割ぐらい借りてやっとの事で完成させたが、いっちゃんとりゅ〜くんはほとんど自分の力で完成させてしまい、自分のよりも多少不格好だったがそれが誇らしく思えた。その時のいっちゃんが珍しくとびきり嬉しそうな顔をしていたのが一番印象強く残っている。


「いっちゃん家の子になった子は毎日素敵な洋服を着れるんだ、羨ましいね」


俺も人形になっていっちゃん家の子になれば、可愛い服沢山着れるかな。
そうすれば毎日豪華なご飯が沢山食べれるかも、なんて本気交じりに冗談を言ってみれば、驚いていたいっちゃんは呆れたように溜息をついた。


「君の目的は僕の家のご飯か」

「いっちゃんの家のご飯すごく美味しいんだよね」


自分の家では絶対出ないような物だらけで、あそこに住めば毎日外食しているような気分になれる。一生叶わないが、だからこそ夢を見たい。しかし人形になったらご飯は食べれないという当たり前の事に今更気付き首を傾げていると、いっちゃんは裁縫する手を止めて軽く笑った。


「…そうだね、男主くんが人形になったら、僕がきちんと世話をしてあげよう。僕が丹精込めて作った服を身に纏い、とびきり美味しい物を飽きる程食べさせてあげるよ」

「本当? じゃあ約束だね」


夢みたいな約束を勝手に取り付け小指を出すと、一瞬戸惑ったいっちゃんだったが珍しく乗り気なようで小指を出してくれた。こんな叶う術もない約束、鼻で笑われて成立しないと思っていたので俺自身もかなり驚く。小指を絡めるだけの形だけの約束だが、俺はそれだけでもとても嬉しく感じた。いっちゃんが内心どう思っているのかはわからないが、小指から伝わってくる体温と鼓動は嘘ではなかった。