「苗字、君は先にリビングに行って休んでいたまえ。僕は君の乾いた喉を潤すために飲み物を用意するのだよ」


斎宮にそう言われて俺はうんともすんとも言わないまま長い廊下を歩くと、突き当たりの扉を開けて広々としたリビングに足を踏み入れた。前と少し間取りが変わったかも、何て思いながら学校指定の水色のジャケットを脱ぐと、ソファーの背もたれに掛けて座る。
今日は次のライブの新作衣装を作るための俺の採寸と、メンテナンスをするためだけにこの豪華な斎宮邸に訪れた。いつもなら学校の手芸部の部室で済ましてしまう所だが、新作衣装に使いたい生地が家にあるらしく、俺に似合うかどうかを見極めるために家に連れて来たらしい。わざわざここに来なくても学校に持って来れば良いのに何て思ったが、そんな事を言ったら長い愚痴を聞かされそうなので黙っている。
斎宮はまだかな、と部屋の中を見渡しながら乾燥している手を撫でていると、扉が開いて御盆に綺麗なティーカップを乗せた斎宮が入って来た。


「さて、君の事だからその乾燥した手のケアを怠っているのだろう。貸したまえ」


御盆をテーブルの上に置いて俺の隣に座ると、俺の片腕を持ち上げて触り始めた。指先で手の甲の肌触りを確認し呆れたように溜息を付くと、御盆の上に置いてあった缶の蓋を取り、中のクリームを指先ですくって俺の手の甲にべったりと付ける。「もう片方を出すのだよ」と言われてもう片方の手も差し出すと、同じようにクリームを付けられた。


「きちんと隅々まで伸ばすのだよ。全く、何度指摘しても君は言い付けを守らないね」


斎宮はそう言いながら自分の指先に付いたクリームをティッシュで拭き取ると、湯気の立っているティーカップを僕の目の前に置いた。俺は特に返す言葉が見付からなく両手の甲に乗せられたクリームを満遍なく伸ばして隅々まで塗ると、少しベタベタした指先をズボンで拭いてシュガートングを掴み、砂糖を4つほど紅茶の中に入れた。


「…ノンッ! 君はまた角砂糖を4つも入れたね? 苦い物が苦手な君に砂糖を入れるなとは言わないが、限度という物を知りたまえッ! 角砂糖は2つまで、毎回そう言ってるだろう。太りやすい君がそんなに糖分を取るとすぐ忌まわしい脂肪が付いてしまうからね、衣装を作るこちらの身にもなって欲しいのだよ」


大きな溜息を付かれると、かき混ぜていたティーカップを斎宮の取られた。普段の俺なら怒られてしまったと思って落ち込むが、今回は少しカチンと来た。確かに俺は太りやすい体質だが、たかが角砂糖4つで体重が変わるわけないだろう。俺の事何だと思ってるんだ。そんな事を思いながら少し睨みつけるように斎宮を見ると、その綺麗なバイオレットの眼と視線が重なった。


「おや、苗字にしては珍しく人間らしい表情をしているね。嫌いではないよ」


痛くも痒くもない、とでも言いたげな表情に俺は更にムッとすると、俺は取られたティーカップを取り返して口元に持ってきた。器はまだ温かいが湯気はもう収まっていたので飲めるだろうと思い口を付け、予想以上に冷たかったのでそのまま一気に飲み干すとティーカップをテーブルの上に静かに置いた。勝ち誇ったように斎宮を見れば驚いたような表情をしていて、俺はその間抜けな顔に少しだけ息を漏らして笑った。