「なずな、0.5ミリのシャー芯持ってる?」


授業中に横の席からそう聞いてきたのは、俺が以前所属していたValkyrieのメンバーである苗字だった。斎宮達と顔を合わせる度に気まずい雰囲気になり裏切ってしまったのだから今更よりを戻すことなど不可能だと思い込んでいたが、苗字に関してはそれに構わず普通に接してくれていて、Valkyrieを抜けた俺に「おめでとう」と祝福の言葉を送ってくれたうちの1人でもあった。


「ん、ほら」


俺はペンケースからシャー芯の入れ物を取り出して渡すと、苗字は「ありがとう」と微笑んで受け取り、自分のシャーペンに芯を補充し始めた。
やっぱりこう改めて見ると、苗字の顔は非常に整っていてまるでお人形のような美しさを感じる。斎宮がいつも持っているあの人形、とは系統が違うけど何か塗っているだろう赤い唇に長い睫毛が女性的な雰囲気を醸し出していて、背の大きくてスラッとした苗字でも中性的に感じてしまう。斎宮は何故俺だったのだろう、苗字の整った顔を見る度俺はそう思っていた。


「はい、返す」


苗字がシャー芯の入れ物を差し出しながらそう言うと、俺は受け取って「どういたしましれ」と少し噛みながら返した。それに対し苗字は少し驚いた後笑いを堪えるために口元を押さえると、俺は恥ずかしく思いながら口の前で人差し指を立てた。
こんなふうに苗字と関われるようになるとは、以前の俺からしたら想像もつかないだろう。特に1年の時は初対面であまり言葉も交わす事もなく、ただ与えられた仕事をこなすだけの血の通ってなさそうな無情な人物だと思っていたが、2年になって同じクラスになるとその印象は一気に崩れ、友人と喋ったり騒いだりする姿を見て驚いた。理由を聞けば「俺が操られるのはユニット間だけ」らしく、斎宮のいない所では結構自由にしていたらしい。俺はその姿に憧れて見習おうと思ったが、結局出来なかった。


「こらそこ、真面目に授業を聞くように」


少し大きな声で椚先生に指摘されて俺と苗字は肩が跳ねると、一言謝り椚先生は授業を再開した。全く、誰のせいで怒られたんだよ…なんて思いながら再び横の席に視線を向けると、苗字はこちらの視線に気付いたのか目を合わせてきて微笑み、視線を黒板に戻してノートを写し始めた。
何だよ、なんて思いながら口元がニヤけてしまいそうだったので必死に抑えると、俺もシャーペンを持ち直してノートに書き写し始めた。