「本当に行くのか、男主」


皆が寝静まる孤児院の中、大量な荷物を背負って堂々と玄関から逃げ出そうとする俺にジルオが物陰から出て来て声を掛けてきた。俺は驚いて声を上げそうになったが、寝ている子供達を起こさないためにも自分の口元を抑えて1歩身を引く。部屋を出る時は寝息が聞こえたので起きてないと安心していたが、逆に俺が出て行くのを待ち伏せさせられていたのだろう。もう長い付き合いだ、お互いの事はある程度把握出来る。


「何回も話しただろ、俺は師である不動卿の所に行くんだ。用がある時以外もう戻らないよ」


そう言うと、ジルオは何も言わずに俺の視線を見つめ返してくる。いつもならその視線に負けて断念するが、今日の俺は本気なので負けじと睨み返した。昔からそうだ、俺が師匠の所に行きたいと言う度目で何かを訴えてくる。付き合いが長いとはいえ、そんな事をされても何が言いたいのかわからない時は察せないのできちんと話して欲しいが、頑なに口を開こうとはしない。


「………気を付けろよ」


やっとジルオの口が開いたと思ったら、発した言葉はそれだけだった。俺はもっと他に掛ける言葉ないのかよ、と思ったがそれを飲み込んで「ああ」と返事をした。




俺はなんて素っ気無い別れ際だったんだろうと数時間前の出来事を思い出して後悔しながら、ナキカバネが体の中を弄る痛みに耐えていた。聞きたくもない水音と痛覚と、体温が徐々に失われていく感覚が酷く怖くて涙すら出ない。必死にジルオが別れ際に何を伝えたかったのかと考えていた脳もどんどん衰えていき、もはや痛いという感情しか考えられなくなっていた。
人間とは死ぬ時はこんな感じなのか、こんなふうに体が冷たくなって、何も考えられなくなり、意識だけが遠のいて逝く。それがこんなにも怖い事だと思わなく、俺の目からは先程まで出なかった涙がやっと溢れ出した。怖い…嫌だ…俺まだ何も………ジルオ……助けてジルオ………………俺はまだ…………………………………。