鏡で耳たぶの位置を確認しながらライターで炙った安全ピンを突き立てると、僕は息を止めてひと思いに刺した。肉に刺さる感触がしてその痛さは尋常ではなく、目から涙が滲み出て来る。安全ピンでピアスの穴を開けるというのは一番危険な行為と聞いたが、今の状況では開ける方法がそれしかない。勿論買おうと思えばピアッサーを買いに行けたが、僕の心はそんな猶予をを持ち合わせていなかった。
耳たぶの下に針受けとしてあった消しゴムに安全ピンの針が刺さったのが分かると、痛さで瞑っていた目を開けて鏡で耳を確認する。僕はゆっくり針を抜いて開けた所から血が出るのを確認すると、ティッシュでそれを拭うように耳たぶを押さえた。


「……あー…痛い…痛い……ッ」


ピアスを開ける時の痛みは人それぞれと言うが、僕はとても痛く感じる方だろう。1回開けただけで耳がはち切れそうな痛みにも関わらず僕はこの数分で4つも穴を開けたが、慣れる事は1度もなかった。痛さで体はいつの間にか汗ばんでいて、着ているパーカーの中がとても蒸し暑く感じる。僕は耳たぶからティッシュを取って血が治まったのを確認すると、透明なピアスを開けたばかりの穴に刺してキャッチを付けた。これで一安心だと大きなため息をつくと、部屋に誰か入ってきた。


「…何してるんだ? リンタロウ」


僕は急いで安全ピンとライターをポケットに隠すと、自分の身なりを整えている振りをして鏡に再び視線を向けた。


「ん、どうしたの? 男主さん」


何事もなかったかのようにいつも通りの笑みを浮かべて男主さんを見ると、何も言わずにこちらを凝視してきた。男主さんには何も言わずにピアスを開けたので、多分、どころか絶対怒られてしまう。それもきちんとした物ではなく安全ピンだと知られれば余計だろう。僕は髪の毛を弄っている振りをして耳を隠していると、男主さんはこちらに近寄ってきて僕の顔を凝視した。


「......お前…何で開けたんだ? 血塗れだぞ」


髪の毛を避けられ、耳が露わになる。僕は何も返せずにいると、男主さんは側にあったティッシュを手に取って優しく耳に触れた。痛くしないようにと垂れているであろう血を拭いてくれていて、僕はてっきり怒られると思っていたので何だか拍子抜けしてしまった。

「いッ……!」

「す、すまん…大丈夫か?」


男主さんは慌てて耳から手を離し、心配そうに聞いてきた。鏡で自分の耳を見てみると耳たぶは赤くなっていて、透明だったピアスは既に血で滲んでいた。こんなのを見たら心配しないわけが無いと自分でも思い、勝手に開けたのに優しく心配をしてくれる男主さんに対して申し訳なさを感じた。


「大丈夫……ごめん」


まともに男主さんの顔が見れなくて地面に視線を落としていると、優しく頭をポンポンとされた。すると男主さんが立ち上がったので見上げると、困った表情で笑みを浮かべている姿が目に入った。


「今お湯と塩持ってくるから外しておけよ」


男主さんはそう言って部屋から出て行った。僕は言われた通りにピアスを取り外そうとしたが、痛さでろくに耳たぶに触れられなかった。