人里離れた山奥に移り住んだは良いが、何年も使われてなかったせいか虫の巣窟となっていた。しかし計画を実行するには最適な場所で、贅沢を言える状況でもなかったため、とりあえず自分達が生活できる場所は確保しようと掃除をする事にした。あちらこちらに蜘蛛の巣などが張り巡らされていて、特に虫が嫌いじゃ無くても寒気がする。早く掃除してしまおうとこの建物の中で見付けた掃除道具一式を引っ張り出すと、まずはハタキを使って天井のゴミから落としていった。





「男主さん、なんか重い棚があって動かせなくて……」


ハタキで埃を落とし、床の掃き掃除をしていると、ミサキちゃんが開けっ放しの扉からひょっこりと顔を出して言ってきた。俺は「わかった」と言うと箒を壁に立てかけ、ミサキちゃんの後について行った。そこは小さな小部屋で、俺の身長よりも大きな棚があった。棚の中には埃しか入っていないが、木の厚さから重そうなのが見て取れる。試しに動かそうと引っ張ってみるが少ししか動かなく、それだけで一気に疲れてしまった。


「…これを何処に動かしたいんだ?」

「えと、後ろに窓があるからここに動かしたくて…」


指を指された先はすぐ横の壁で、そんなに移動はしないが方向転換が大変だ。リンタロウは呼べば1人でやるよりも楽に済むかもしれないが出来ないわけではないので、根気を入れ直して棚を掴むとまずは手前に引いた。少しずつ動いているのを感じ、向こう側に隙間ができるとそちらに入って棚を押そうとしたが、埃と蜘蛛の巣塗れな隙間を見て情けない声が出てしまい、一気に入れ直した根気が失せてしまった。


「…ちょっと箒貸してくれ」


ミサキちゃんに箒を借りて隅々まできれいにすると、それをちりとりで取ってゴミ袋の中に入れた。よく理由が分からない虫もいたが、何も見なかったことにしよう。もう俺の心は虫のせいでゲンナリしていたが、ミサキちゃんのためにも勇気を振り絞ると、隙間に入って棚を押そうとした。すると開けっ放しの扉の方から「何してるの?」とリンタロウの声が聞こえてきて、部屋の中に入ってきた。


「男主さんに棚を動かして貰ってたんだよ」

「僕も呼べば良かったのに…」


リンタロウが向こう側から棚を掴むと、まるで普通の棚を動かしているかのように手前に引いた。俺はそんな光景にびっくりしている中、リンタロウは「なんだ、これぐらいなら僕でも動かせるよ」と言った。待って、リンタロウさん俺より力強くない?

結局棚は2人で移動させたが、1人でやるよりもとても軽く感じ、というか俺はほとんど力を入れなかった。リンタロウを見ても少し疲れたぐらいで汗などは出ていなく、逆に俺は冷や汗をかいていた。


「リンタロウ結構強いんだな…」

「何か色んなもの持ってたら強くなってたよね」


自分の掌を見ながら言うリンタロウ。まあ、若いから鍛えれば筋肉もすぐに付くだろうけど少しだけそれが悔しく、俺は2人より年上だからこそ数歩でも先に進んで背伸びをしていたかった。そんな幼心に火が付いてしまうと、俺は近くにあったテーブルが目に入った途端良い事を思いついた。


「…リンタロウ、腕相撲をしよう」

「いきなり!? なんで?」

「……この世にはな、聞いて良い事と悪い事があるんだぞ…」


さっきの棚を軽々と動かされて悔しかったなんて言えるはずもなく、俺は自分で言っておきながらも笑ってしまうと「あ、男主さん動かせなくって悔しかったんだ」と言われた。やめろ、俺の心の中を読むんじゃない。
何だかんだ言ってリンタロウを丸め込ませると、俺達はテーブルを挟んで向かい合わせに立ち、手を組んだ。正直、棚等を動かす時は力だけでは無理があり、コツが必要なのだ。リンタロウはそのコツを知っていたわけで、棚を動かせたのは力のおかげではない。俺がリンタロウとの腕相撲で勝てばそれが証明できるだろう、と勝手にそんな持論を立てながら握り合う手に力を込めると、つい最近虹色に染めた髪の毛の間からリンタロウと視線が合った。


「男主さんだからって手加減はしないよ」


いつもの笑顔で言うリンタロウだが、口元のピアスが怪しく光ったのを俺は見逃さなかった。