王馬小吉がプレス機の下にいたとわかって私の心に喪失感が生まれた。しかし涙は出なかった。
吐く息がとても熱く、息をする度足の指先まで鼓動を感じて今私がここにいて生きていることを実感する。
裁判中は頑張って話について行こうとしたが、王馬くんのことで頭がいっぱいになりまともに話は頭に入ってこなかった。
クロが百田くんとわかり、オシオキで彼の綺麗な死に顔を見ても私は涙が出なかった。
なぜ涙が出ないのか、先程よりも息が苦しくなり今自分がどんな表情をしているのか、どんな感情を抱いているのかわからなくなってしまった。
部屋に戻る帰り道、私は自分の気持ちを整理したいがために誰かと一緒に過ごしたかった。
しかし、皆は裁判で酷く疲れた様子だったので誰かに声をかける勇気が出なかった。
寄宿舎に入り、そのまんま部屋に行って眠ろうと思った矢先、声をかけられた。


「苗字さん、良かったらお話しませんか?」


その声の主はキーボくんだった。
私は丁度良いと思い、部屋に戻るのをやめてキーボくんと話すことにした。
外で話すことにし、スグそこのベンチは最原くん達がもしかしたら来るかもしれないと思って学園の入口の階段に座って話すことにした。


「何の話するの?」


スカートを裾を引っ張ってシワを伸ばしたり、払ったりしてキーボくんに話かけた。
今の私は先程より気持ちが落ち着いていて、息も普通にできている。


「……ボクから誘っておいて何ですが、特にありません…」


キーボくんにそう言われ、私は驚いて目を少し見開いた。
キーボくんを見れば照れた感じで、そんなキーボくんを見て少し和んだ。


「しかし、裁判中の苗字さんは酷く落ち込んだ様子でした……ボクはそんな苗字さんが心配で……」

「……ロボットの癖によく見てるんだね」

「ムっ、ロボット差別です!」


キーボくんに怒られながら言われ、少し笑ったがあまり笑える気分にならなく愛想笑いで済ました感じになってしまった。
下を向くと地面しか視界に映らなかったが、特になんとも思わなかった。


「…空を見てください、星が見えますよ!」

「……偽物だってわかってるでしょ、あんなのただの光って」


私は折角キーボくんが話題を振ってくれたのに軽くあしらってしまった。
本物の星なら「あれはうん十年前の光なんだよね」とかそんな話になるんだろうけど私は元々星になんて興味はなく、しかもそれが偽物だと尚更だ。
少し申し訳なくなりキーボくんを横目で見たが、凹んでいる様子ではなかった。


「確かにそうです。しかし今のボク達にはたとえ偽物でも本物だと信じて貫くのが楽であり、正しいと思うんです」

「……それは内なる声ってやつ?」

「いえ、先ほどから内なる声は聞こえなくなってしまいました……これはボクが自分で思ったことです」


キーボくんを見ていて違和感があるなと思っていたら、アンテナが無いことが今更になってわかった。
私はアンテナがある方が可愛いな、と少し思った。
するとキーボくんは視線を空から私に移してきて、目があった。


「僕は星がとても好きです。大昔の星の光が今を生きているボクたちに見れるなんてとても感動します。……苗字さんはここから出て本物の星をもう一回見れたら、ボクと同じく星を好きになってくれますか?」


偽物の月明かりで照らされてうっすらとキーボの顔が見えた。
その顔はとても真剣で、まるで告白をされているようなシチュエーションで私はその空気感に酔ってしまいそうだった。
星。今まで興味の対象ではなかったものだが、キーボくんの言葉でとても興味を持った。


「例え星が見えなくても、ボクが見せてあげます」


キーボくんに重ねられた手はとても固く、冷たかった。
しかしそこからキーボくんの温もりが伝わってくるような感じがし、私はとても心が暖かくなったと同時に一気に寂しくなって涙が溢れた。





岩を退けて自分と他の皆が生きているのを確認すると、私は彼が言ってくれた言葉を思い出した。
『例え星が見えなくてもボクが見せてあげます』
キーボくんは自爆で宇宙船の壁を壊すのを決めていてあの言葉を言ったのだろうか。
多分その言葉の真意を知るのは彼だけなんだろう。
私は滲み出てくる涙を拭って最原くん達について行った。