笠松くんが好きだ。心の強そうなところとか、いつも一生懸命なところとか、全部。笠松くんの全部が好きと言えるほど私は笠松くんのことを知らないけれど、でも私が知っている限りの笠松くんは全部好き。暴力的とか、そういうことを言う人もいるけれど、私はそんな風には思わない。笠松くんは意味もなく手を挙げているわけではない。そもそも笠松くんが手を挙げるのは1年の黄瀬くんくらいだし。黄瀬くんが変なことをしているから笠松くんが暴力的だと言われてしまうんだ。だから私は黄瀬くんが嫌いだ。あと、黄瀬くんの周りで騒いでいる女の子も嫌い。



「名前ー、バスケ部見に行こ!」

『うん』



彼女は私の親友で、いつも2人でバスケ部の見学をしている。私は笠松くんを見に、彼女は小堀くんを見に。小堀くんを好きだという彼女は男の人を見る目があると思う。だって小堀くんは誰にでも優しいし、運動も勉強もできる。そんな人なかなかいないと思う。まあ私が小堀くんを好きになることは絶対にないけど。だって私は笠松くん一筋だから。

小堀くんと彼女は1、2年の時にクラスが同じだった。1年のときは委員会も同じだったからそれなりに仲がいい。










バスケ部の練習が終わってすぐ、彼女は小堀くんに会いに行くと言った。私も誘われたけど断った。だって笠松くんに会いに行くなんて無理だもん。恥ずかしくて。



「名前!小堀くんたちが一緒に帰ろうって!」



しばらくして彼女は戻ってきたのだが、とんでもないことを口にした。彼女の話によると、どうやら小堀くんに一緒に帰ろうと言われたらしい。でも私のことを待たせているからと伝えると、私たちみんなで一緒に帰ればいい、という話になったとか。



『笠松くんと一緒…』

「名前やったね!たぶんみんなもうすぐ来ると思うよ」

『えっ!?』



どうしよう。笠松くんが来る。見てるだけで十分幸せだったのに、まさか一緒に帰る日が来るなんて。

私の頭は笠松くんでいっぱいになった。とにかく心の準備だけはしなければと思い、大きく深呼吸をする。



「名前、来たよ」

『っ!』



ちらりと見ると確かにバスケ部の人がこちらに向かって歩いてくるのが見える。その中にはもちろん笠松くんの姿もあるわけで、私の緊張はピークに達した。



「悪いな遅くなって」

「ううん!全然大丈夫だよ!」



小堀くんの言葉にそう返す彼女はとても嬉しそうだ。



「名字さんだよな?」

『えっ?』



いきなり名前を呼ばれて驚いた。目の前には森山くん。彼とは話したことはないけれどいつも見学に来ているし彼は結構有名だからよく知っている。それにしてもなぜ彼は私のことを知っているのだろうか。確か話したことはないはず。



『あの、なんで私のこと…』

「だって名字さん可愛いって有名だし、それに笠松が」
「おい森山っ!」

「おっと悪い」



えっ、えっ。笠松くんがなに。森山くんなんて言おうとしたんだろう。私と笠松くんの共通点なんて同じクラスってことだけだけど…、ってそれかな?笠松くんと同じクラスだから知ってたのかな。でも別に言っちゃいけないことじゃないよ?



「名字さん、帰らないのか」

『えっ?あっ』



いつの間にかみんなが進み始めていて私の隣には森山くんしかいなくなっていた。森山くんにごめんと一言謝り2人でみんなを追いかけた。



「名字さん電車?」

『うん』

「家どこ?」



森山くんにそう聞かれて私は答えようとした。でも口を開こうとして止めた。だって私の最寄り駅と笠松くんの最寄り駅は隣同士だから。電車で笠松くんを見かけたことはないけれど、友達と話してるのを聞いて知っていた。

私が最寄り駅を言ったら笠松くんと駅が隣だとバレてしまう。そんなことになったら今日笠松くんと2人で一緒に帰ることになってしまう。笠松くんと一緒に帰るのが嫌な訳ではないけど、絶対何も話せないだろうし笠松くんに嫌な思いをさせてしまう。そんなの嫌だ。



「名字さん?」

『えっ?………あ、えっと…』



自分の最寄り駅が答えられないとか変な人だと思われるかな。でも嘘を付くわけにも……。


1人悩んでいると森山くんの隣にいた笠松くんが小さく呟いた。私の最寄り駅の名前を。



『な、ん…』
「えっ、それって笠松の隣の駅?てかなんで笠松が知ってるんだ」

「前電車で見たから」

「あぁ、なるほど。そーゆーことか。あっ、じゃあ2人で帰れるじゃないか!いいなぁ、笠松女子と2人で帰るとか」

「はっ…!?」



えっ。森山くんなんてことを。それだけは避けたかったのに。余計なこと言わないでほしい。

というか笠松くん私のこと電車で見たって。私は見たことないのに。いつの話だろう。近くにいたのかな。でも見たってことは同じ車両だったとかそういうことだよね。そんなことがあったのに気付かなかった私って…。



「名字さん、笠松が家まで送ってくれるって」

『……え?』



いつの間にそんな話になったのか、私が考え事をしている間にそれが決まったらしい。でもちょっと待ってほしい。家までとか、それはちょっと、いやかなり迷惑ではないか。そもそも電車で一緒に帰ること自体私は納得していないというのに。



「この時間だといろいろ危ないからなぁ」

『えっ、でも、家までとかさすがに…。あっ、ほら笠松くん女子苦手でしょ?だからさ…』         

「そんなこと気にしなくていいって!笠松だっていずれ女子と2人で帰るとかあるだろうし、そのときの練習だと思えば!」

「おい何だよそれ!」



分かってたけど、やっぱり笠松くんは男子と話すとき普通に大きい声とか出すんだな。女子には絶対そんな風に言わないよね。ちょっとだけ森山くんが羨ましいな。別に怒られたいとかそういう訳じゃないけど一回くらい笠松くんにさっきみたいに言ってもらいたい。ってこれじゃ私変態みたいかな、なんて。



「練習で一緒に帰るとか、なんか失礼だろ…」

『えっ』      



予想外の言葉に少し驚いた。そういう意味の「なんだよそれ」だったのか。てっきりなんで練習しなきゃいけないんだとかそういうのかと思った。私のこと、気にしてくれたんだな。



「じゃあ笠松が名字さんと一緒に帰りたいからってことでいいじゃないか」

『「なっ!」』



森山くんの発言に笠松くんと一緒に驚いた。というか笠松くんが私と一緒に帰りたいなんて、そんなことある訳ないじゃん。せめてもっとましな理由を考えてほしかった。



「はい、じゃあもうこの話終了!」



森山くんは手をパンと叩きながらそう言った。終わりにしちゃいけない気がしたけど私は何も言えなかった。










そのあとすぐに駅に着いた。着いてしまった、なんて思ってみてももう遅くて、必然的に私と笠松くんは2人になった。森山くんが笠松くんを応援してたけど、応援するなら私もしてほしかった。私にも応援は必要だ。さっきから手の震えが止まらないし、何を話したらいいのか分からないし、どれくらいの距離感で笠松くんと歩けばいいのかも分からない。今の私は初めて見る問題を解くみたいに何も分からない。



『……』

「……」



無言がつらい。でも何も話題が思いつかない。きっと笠松くんはこの状況を面倒だとか思っているだろう。そうに違いない。



「こ、この辺で、いいか…?」

『えっ…、あ、うん』



私がいつも電車を待ってる場所とは違うところで笠松くんは止まった。乗る場所なんてそんなに気にしないから別にどこでもいいや、なんて思ったけどもっと端っこが良かったかなと思った。ここは結構人が多い。



『……』

「……」



結局電車を降りるまでお互い無言だった。家まで送らなくていいよ、と言おうと思ったけどきっと笠松くんは優しいから家まで送ると言うと思った。だから言うのを止めた。

笠松くんは私の家を知らないから私が家まで案内しなければならない。さっきまでは笠松くんより少し後ろを歩いていたけど、ここからは私が少し前を歩かなければいけない。



『うちまで10分くらいだから』

「お、う」



何か、何か話すことは。考えてみても何も浮かばない。友達といるときはいろんな話題が出てくるのに、なんでこういうときは何も出てこないんだろう。



「名字」

『っ!』



名前を呼ばれて立ち止まる。ゆっくり後ろを向くと笠松くんと目が合って、少しだけ視線を下に向けて返事をした。笠松くんはしばらく何も言わないでいたけど突然口を開いた。



「れ、連絡先…、聞いてもいい、か?」

『えっ…』

「い、嫌ならいいんだ」

『っ、そんなこと、ないよ』



そう言って携帯を取り出すと、笠松くんも同じように携帯を出した。そして私の連絡先を教えると笠松くんは携帯をいじり始めた。しばらくしてメッセージを知らせるバイブ。開いてみると、よろしく、の一言。笠松くんは目の前にいるけれどメッセージを送ってくれたから一応返事を返した。こちらこそよろしく、と。



『っ…』



笠松くんは私からのメッセージを読んでこっちを向いた。何か言いたそうな顔をしていたからどうしたの?と聞くとまた視線を携帯に向けた。するとすぐに新しいメッセージ。



『えっ…』



ディスプレイに映し出される笠松くんからのメッセージ。そこには…


“俺は、お前のことが知りたい”


私の頭は真っ白になった。しばらくして目の前の笠松くんを見ると、彼は顔を真っ赤にしていた。



『あ、の…、なんで、私のこと…』

「っ…」



笠松くんは何も答えず俯いてしまった。とりあえず笠松くんが話してくれるのを待つ。



「き…」

『っ、…き?』

「ず、ずっと…、気に、なってて…」

『えっ…』



気に、なってた?私が…?でも私たち、話したこともないし。って私も話したことないけど笠松くんのこと好きじゃん。いや、でも笠松くんは別に私のことが好きってわけじゃなくて、ただ気になってるだけで…。

あれ?気になってるって、そこから好きに変わる可能性があるってこと?




『あの、笠松くん。わ、たしは…』



好きだって言ったらどんな反応するかな。驚くよね、きっと。それで、気になってる、からもっと上の感情になってくれないかな。もっと上っていうのは、もちろん好きってこと。



『笠松くんが、好きです』



言ってしまった。今言わなかったら一生言う機会なんてないと思った。だから、勝手に口が動いた。笠松くんはとても驚いたようで目を見開いて固まっている。



『あの、笠松くん』

「俺も、」

『えっ?』

「好きだ」

『っ…!』



笠松くんは好きだと言った。



『さっき、気になってるって…』

「い、いきなり好きとか、言えねぇだろ…。だから…」



じゃあ気になってるっていうのは嘘で、最初から私のことが好きだったってこと?そう、なのかな…。じゃあ私たちは、ずっと両想いだったってことだ。笠松くんと、両想い…。

胸が熱くなった。こんな気持ち初めてだ。



「っ、なんで泣いてるんだ…」

『えっ?』



笠松くんにそう言われて自分の頬に触れた。私の頬は濡れていて、そこで初めて自分が泣いていることに気が付いた。



『…嬉し泣き、かな。笠松くんに好きって言われたのが、嬉しく
って』

「っ、そーゆーこと言うの、やめてくれ。どうしたらいいのか、分かんなくなる」



笠松くんは恥ずかしそうに頬を掻いて顔を背けた。



『ごめんね、もう泣きやむから』

「いや、いい」

『えっ?っ…!』



腕を掴まれたと思ったらそのまま抱き寄せられて、気付いたら笠松くんの腕の中に。驚いていたら、耳元で小さく囁かれた。



「泣いてる方が、こーゆーことしやすいだろ」

『っ…』



初めて知った。笠松くんは、こんなこともできる人だったんだ

やっぱり私は、笠松くんの全部が好きだ。大好きだ。




ぜんぶ好き











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