06

『笠松くん、私………、ずっと前から、笠松くんのことが、好きだったの』

「っ!」



ついに言ってしまった。今日言おうなんてまったく頭になかったけど、笠松くんにあんなことを言われたら言ってもいいんじゃないかと思ってしまう。私が今日言ったのは笠松くんの言葉のせいだ。



『えっと…』



さっきから笠松くんは微動だにせず下を向いている。


これは、返事に困ってる…?なんて断ろうかとか考えてる?だとしたらちょっと申し訳ないな。笠松くん女子苦手だし、やっぱりこういうこと言われるの迷惑なのかな。



『あの…』

「っ!」

『あっ…』



笠松くんはサッと立ち上がり、私を見ることなくそのまま走っていってしまった。

私はその後ろ姿をただぼう然と見つめることしかできなかった。



『フラれた…、んだよね』



そっか、私フラれたんだ。なに期待してたんだろ。ただ見学来てくれて嬉しいって言われただけじゃん。


今思えばあれはお世辞だったのかもしれない。私はそれを勝手に本気にして、勝手に期待して、ホントにバカだ。



『うぅ……っ…、ふっ…』



私の恋は終わったんだ。長い長い恋は。もう笠松くんと話すこともきっとできない。笠松くんが他の子と付き合うのを黙って見てるしかない。笠松くんはあんな子が好きなんだ、私とは違うな、って。そう思いながら笠松くんを見てるしかない。



『帰ろ…』



家に帰って崩れるようにベッドに倒れ込み、気付いたら朝になっていた。



『うわ、どうしよう』



鏡を見ると目が腫れていた。泣いたのは一目瞭然。学校に行けばみんなに心配される。でも学校を休んで笠松くんに自分のせいだとか思われたくない。迷惑になる。

結局私には学校に行くという選択肢しか用意されていないのだ。



『行ってきます』



なるべくお母さんの顔を見ないようにしたけどきっとお母さんは気付いてる。理由は分からないだろうけど。

落ち着いたらちゃんと話そう。隠し事はしたくないし心配してくれてる人にはちゃんと全部話したい。それにこういうことは人に話した方が忘れられる。



『……』



昨日のことが全部夢ならいいのに。無かったことにできればいいのに。そしたらまた笠松くんと普通に話せるのに。後悔してももう遅いけど私にはそれくらいしかできない。


ねぇ、笠松くん。今笠松くんはなにを考えてる?


学校に着くとみんながどうしたの?と近付いてきた。今はひとりにしてほしい。だけどそんなことなんて言えなくて、失恋しちゃったー、なんて笑いながら言ってみた。みんなは無理しない方がいいよ、なんて言っているけどそんな風に言ってくれるんならここからいなくなってほしい。ほっといて…。みんなが来るから無理するんだよ。

あぁ、私性格悪い。友美ちゃんは私のこと性格いいって言うけど実際は違うんだ。心配してくれる友達を迷惑だなんて思うほど性格悪いんだ。つくづく自分が嫌になる。みんなに優しいなんて言われて、いい子だなんて言われて。ホントは違うのに。みんなが思ってるほどいい子じゃないのに。



「名前おはよ。失恋したってホント?」

『あ、友美ちゃんおはよ。………うん、フラれちゃった』

「付き合えないって言われたの?」

『ううん。私が好きって言ったら、笠松くん走って帰っちゃった』

「なにそれひどい!名前頑張って言ったのに!」

『笠松くんだから、しょうがないよ』



それでも友美ちゃんの怒りはおさまらなかった。そのあとも笠松くんのことを怒り続けていた。

数分後、笠松くんが朝練を終えて教室にやってきた。どことなく元気がない気がする。それもそうか、昨日私をフったんだし。

笠松くんはきっと私のことをすごく気にしてくれていると思う。私が落ち込んでいないかとか、逃げてよかったのかとか。

笠松くんが優しいのは私が一番よく分かってる。だから笠松くんが逃げたことに対して私は何も思わない。怒ったりなんてしない。だって笠松くんはあれが精一杯だったと思うから。

フラれたのはホントに辛いけど、少しすっきりした。これで、終わったんだ。次に進まないと。










その日の昼休み、小堀くんがうちのクラスにやってきた。私は笠松くんに用があるのだろうと思った。でも小堀くんがやってきたのは私の席だった。



『えっと…』

「今、時間あるか?」

『え、うん……?』

「悪いんだが、多目的室に行ってくれないか」

『え、なんで?』

「それは、行けばわかる」



小堀くんはそれだけ言って帰ってしまった。



「名前、小堀くんなんて?」

『多目的室に、行ってくれって』

「は?なにそれ?」

『分かんない。でも行けって言われたから、行かないと』

「まあ小堀くんだから変なことじゃないとは思うけど、私も一緒に行こうか?」

『ううん、いい』



なんだかひとりじゃないといけない気がした。なんでそう思うのかは分からないけど。

行ってくる、友美ちゃんにそう言って私は多目的室に向かった。多目的室に行くまでは人が大勢いたけど多目的室は端の方にあるため、そこにつく頃には周りに人はほとんどいなくなっていた。



トントン



中に人がいるのかどうかも分からないがとりあえずノックをした。返事はない。私は恐る恐る扉を開けた。



『っ……、笠松、くん…?』



なんとそこにいたのは私が必死に忘れようとしていた笠松くんだった。



『なん、で…』

「………昨日は、逃げて悪かった」



あぁ、そうか。それを謝るために呼んだのか。私一瞬期待しちゃった。

でも、わざわざ謝らなくていいのに。せっかく忘れようとしてたのに。そんなことされたら諦められなくなっちゃうよ。



『えっと、全然気にしてないから、大丈夫、だよ』



ホントは気にしてる。全然大丈夫じゃない。でも今私はそう言うことしかできない。大丈夫じゃないなんて言ったら笠松くんを困らせてしまうから。私は笠松くんの困った顔が見たいんじゃない。



「名字」

『っ…』



言葉で、言うの?また私をフるの?昨日のでもう分かってるよ。あれだけで充分だよ。もう私を苦しめないで、お願い。



「昨日名字が言ったこと、なかったことに、してほしいんだ」

『…………………えっ?』



どういうこと…?私が笠松くんに告白した事実を消したいってこと?

それすらも消したいほど、迷惑だったの?呼び出してそんなこと言うくらい、迷惑だったの?笠松くんにとって私はそんなに迷惑な存在なの?



『………っ…、私のこと、嫌い?』

「…そんなこと、ねぇ」

『じゃあ、なんでなかったことに、なんて…』

「困るからだ」

『…困る?』



笠松くんは静かに頷いた。



「女子に言わせるなんて、やっぱダメだろ」

『えっ…?』

「だから昨日のは、なかったことにしてほしい」

『待って、よく分からないんだけど』

「今すぐ分かる。だからうなずいてくれ」

『……』



あまり納得はできなかったが笠松くんの真剣なお願いを断ることもできず、私はうなずいた。これで、二人の間にはなにもなかったことになった。私が告白した事実は消えてしまった。



「名字」

『……』

「俺は………、お前が好きだ」

『……………えっ』

「これだけは、自分から言いたかった、から…」

『…っ!』



待って、頭がついて行かないよ。自分から言いたかったってなに?それに、好きって…。

笠松くんが私を好きって、そう言ってるの?じゃあ昨日逃げたのは?



『なんで昨日、逃げたの?』

「あのままあそこにいたら、俺も好きだって、いいそうだったから」

『え、言っちゃいけないの?』

「だから、そーゆーのは男から言うべきだろ」

『っ!』



そこで全てが重なった。笠松くんが逃げた意味、なんで私をここに呼んだのか。

昨日のはフったんじゃなくて返事を言いたくなかったから。だから逃げた。今日ここに呼んだのは改めて自分から告白するため。


………こく、はく。

私笠松くんに告白されたんだ。



「それで、その、よければ…、つ、付き合ってくれ!」

『っ!』



分かってたけどいざ言葉で言われると恥ずかしいしびっくりする。まさか笠松くんの口からこんな言葉が聞けるなんて。私が初めてじゃないかな。そう思うとやっぱり嬉しい。もちろん私の答えは決まっている。私は笠松くんをまっすぐ見つめながらはい、と答えた。笠松くんは嬉しそうに笑ってくれた。




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