部活帰り、笠松くんと一緒に電車に乗っていた。今日は何かのイベントでもあるのかいつもよりもずっと混んでいて、俗に言う満員電車だった。
『すごい混んでるね。お祭りでもあるのかな』
「そうだな。名字大丈夫か?」
『うん、平気だよ。笠松くんは大丈夫?』
「あぁ」
平気とは言ったもののやはり辛い。だが一つだけ幸運だったのはドア側をキープできたということだ。
『っ…』
ドンッ
いきなり電車が揺れたと思ったらドンという音がした。何だろうと顔を上げると至近距離で笠松くんと目が合って私は止まった。
えっ……。これ、壁ドン…。
私の背にはドアがあってその前に笠松くんがいる。たぶん電車が揺れて傾いた笠松くんが倒れないようとっさにドアに手を突いてこうなったのだろう。
だがしかし、近い。身長差のおかげで少しは離れているがもしもっと身長が近かったらお互いの息がかかってしまうくらいの距離だったと思う。
「わりぃ。でもこうしてねぇと、倒れるから…」
『うん、大丈夫だよ』
笠松くんの腕が私と乗客との間の壁の役割をしてくれていて乗客とぶつかることは回避されている。でもだ、笠松くんと顔が近いせいでうまく息ができない。違う意味で苦しい。
『っ、きゃっ…』
えっ………。
またも電車が大きく揺れた。私はその衝撃で笠松くんの方へ倒れ、彼に抱きつく形になってしまった。
『ご、ごめっ…』
「いや…」
離れたいのに離れられない。笠松くんの後ろの乗客が笠松くんの背中を押している。
『……』
「……」
どうしようどうしよう。近すぎるよ。嬉しいけど、恥ずかしくて、息ができない。
『っ…』
あれ?笠松くんの鼓動……。すごいドクドクいってる。
もしかして、笠松くんも私と同じ気持ち、なのかな?
「名字、着くぞ」
『えっ?あっ』
こちら側のドア側開き、乗客に押されながら降りた。私と笠松くんは最寄りが一緒だからどちらかが電車に戻る必要はない。
『あの、笠松くん。さっき、抱きついちゃってごめん』
「い、いや…。俺の方こそ…」
『あ、あの…、さっき、笠松くんの心臓、すごいドキドキしてた』
「っ!」
『だから、笠松くんも、私と同じ、気持ちなのかなって…』
恐る恐る笠松くんの方を見る。
「……すげぇ、緊張した」
『っ……、私も…。息ができないくらい、恥ずかしかった』
やっぱり、笠松くんも同じ気持ちだったんだ。
「でも、普段あんな近い距離に、名字がいることねぇから、ちょっと嬉しかった」
『えっ……!?』
「あ、いや、なんか変なこと言って、わりぃ」
『ち、違うの。私も、嬉しかったの』
「っ…!」
『笠松くんに触れたの、初めて…、だったから…』
うわ、私何言ってんだろ。恥ずかしい。笠松くんの顔見れないよ。
「名字」
『…はい。っ…』
顔を上げると目の前には真っ赤な顔をした笠松くんが。
『……?』
笠松くんは私に手を差し出した。
…なに?握手…、じゃないよね。
あ、もしかして…、手繋ごうってことかな。
『……』
私は無言のまま手を差し出した。するとしばらくしてその手が笠松くんに掴まれた。
『っ…!』
ぎゅっと手を握られ驚いたけど勇気を出して私も握り返した。すると笠松くんはビクリと肩を揺らした。
「帰るか…」
『うん…』
笠松くんの手は汗をかいていてちょっと湿ってた。でもそれは私も同じだ。きっと私たちは似たもの同士なのだ。