朝から笠松くんの様子がおかしい。ずっとそわそわしてるし、私と目が合うと何かを言いたそうな顔をする。どうしたのだろうと思って聞くとなんでもないと言われる始末。一体なんなのだろうか。
『……』
まただ。笠松くんの視線を感じる。きっと振り向いたってこっちを見たまま何も言わないだろうからそのままにしておく。
「名前ちゃん」
声を掛けてきたのは森山くんで、彼は笠松くんを見た後またこっちを向いた。笠松くんの様子がおかしい理由を知っているのかもしれない。
「今日さ、」
「森山」
『っ…』
いつの間にか笠松くんが森山くんの隣にいて、森山くんが言いかけた言葉を遮った。笠松くんは森山くんの方をじっと見て目で何かを訴えている。何を言いたいのかは私には分からないが森山くんはそれが分かったらしく黙っていなくなった。残された私は笠松くんを見つめた。すると笠松くんは困ったような顔をしてそのまま下を向いた。その姿をジッと見ていると、笠松くんは何かを決意したように顔を上げて私を見た。
『…?』
「今日」
『今日?』
「俺の、」
『笠松くんの?』
「た、誕生日なんだ」
『えっ、おめでとう!』
意外な内容に驚いた。おめでとうと伝えると笠松くんは嬉しそうに顔を赤くした。
今日ずっとそわそわしてたのは私にこれを言うためだったのか。あ、でもいきなりだからプレゼント…。どうしよう。
『えーっと、何か欲しい物ある?』
「名前ちゃんの愛情」
「っ!」
今のを言ったのは森山くんであって笠松くんではない。いつの間にか戻ってきていたらしい。
『愛情…は、いつもお届けしてるつもりだけど』
そう、私たちは付き合っている。そして私なりに毎日笠松くんに愛情を届けているつもりだ。好きって言ったり、毎日メールしたり、たまに電話をしたり。
「じゃあチューかな」
「っ!」
『えっ?』
「笠松名前ちゃんとチューしたいって言っ」
「言ってねぇよシバくぞ!!」
森山くんが言い終わる前に笠松くんの怒鳴り声が響いた。怒っているけどその顔は赤く染まっている。
そういえば笠松くんとキスしたことはない。この機会を使ってしちゃうというのはどうだろう。いや、ダメかな。笠松くんは私とキスがしたいわけじゃなさそうだし。でも私はしてみたいと思う。笠松くんのことが好きだから。
『あの、笠松くん。私とキスしたいって思う?』
「なっ!?」
『私は、笠松くんとキスしたいって、思うよ』
「っ…」
「笠松!名前ちゃんがキスしたいって!」
笠松くんとキスがしたいと伝えると笠松くんは顔を赤くして黙ってしまった。隣の森山くんはなぜか嬉しそうだ。
笠松くんを困らせちゃったかな。だったら嫌だな。
「名字」
『っ、はい。…っ!』
名前を呼ばれたから返事をすると手を掴まれた。と思ったら笠松くんは私の手を引いて歩き出して、連れてこられたのは部室。笠松くんはガチャンと扉を閉めると真剣な顔でこっちを向いた。そしてゆっくり口を開いた。
「お、俺も…」
『えっ?』
「き、キス…、したい」
『っ!』
びっくりするほど真っ赤な顔でそう言われて、それが伝染するように私の顔も赤くなる。心臓が音を立てて鳴って、その音が笠松くんにも聞こえてしまいそう。でも素直に嬉しいと思った。笠松くんも私と同じ気持ちだったから。
しばらくの黙が続いたあと、笠松くんがこっちへ一歩近付いた。恥ずかしくて下を向くと、また一歩近付く。その行動に驚いて顔をあげると、笠松くんと目が合った。逸らしたいけど逸らせない。ドキドキして手が震える。
「名字…。いい、か…?」
笠松くんの問い掛けに静かに頷く。すると笠松くんの手が近付き、私の肩に置かれた。私は頷いた状態のまま下を向いていたけど、恥ずかしいのをこらえてキスしやすいように少し上を向いた。重なる視線。こんなに至近距離で笠松くんを見るのは初めてだ。
『っ…』
肩から伝わる笠松くんの手の震え、熱さ。ドキドキしてるのは私だけじゃないことを伝えている。そろそろかなと思って私は目を閉じた。少しの間のあと重なる唇。その瞬間頭が真っ白になって何も考えられなくなった。
キスをしている時間は2秒ほどだったと思う。すぐに笠松くんの体が離された。
『……』
「……」
お互いに下を向く。心臓に手を当てるとキスしたときよりももっとドキドキしてて、それを抑えるように手をぎゅっと握った。
少し落ち着いてゆっくり顔を上げると笠松くんはまだ下を向いていて、右手で顔を覆っていた。手に隠れていない耳は驚くほど真っ赤だ。それを見て自分より笠松くんの方が緊張しているのだと分かり、ちょっと安心した。それと同時に嬉しさも感じる。私はちゃんと想われてるのだと。
『今出てったらみんなに冷やかされるね』
「っ…、だな」
『……笠松くん、誕生日おめでとう』
「おう。さんきゅ…」
好きな人の生まれた日
(あっ、笠松チューした!?)
(うっせぇシバくぞ!)