静かな部屋に風の音だけが聞こえる。今この家には私一人だけ。親は仕事に行ってしまったからいない。私はひとりぼっちのこの部屋で、お腹の痛みとたたかっている。立つことも辛くて学校へ行くのは諦めた。
『……』
何か考えた方が痛みは和らぐかもしれないが、痛すぎて何も考えられない。さっきからずっとお腹に手を当てて服をぎゅっと握りしめたまま。いい加減手が痺れてきた。でもこうしてると少し楽な気がする。ほんの少しだけど。
痛み止めは飲んだけど何回も飲んでいるせいかほとんど効果はない。私の生理は重い方だが今回は重いなんてものじゃない。動けないほど辛い。食欲だって全然ないし、眠いのに痛みで寝れない。このまま死んだ方が楽なんじゃないか、ついにはそんなことまで思ってしまった。
知らぬ間に私は眠っていたらしい。気付くとお昼を過ぎていた。ふと携帯を見ると着信とメールがたくさん。相手は全部順平くんだった。きっと何の連絡もなしに私が休んだから心配してくれたんだろう。案の定メールを開くと大丈夫か?とか無事か?とかばっかり。心配されるのは嬉しい。順平くんからのメールで少し元気が出た。
今はきっと昼休みだろうから電話をしても問題ないだろう。私はそう思って順平くんに電話をかけた。
「名前!生きてるか!?」
『…さすがに生きてるよ。大丈夫』
「そうか…。先生が体調不良だって言ってたけど風邪か?熱とかあるのか?」
『……せいり』
「えっ?」
『生理なの』
「っ…」
生理だということを伝えると順平くんは黙ってしまった。やっぱり男の子はこういう類の話は苦手なのかな。
しばらくすると順平くんの名前を呼ぶリコちゃんの声が聞こえた。リコちゃんの声は大きいからよく聞こえる。電話口から聞こえる話の内容からして、今順平は顔を真っ赤にしているようだ。
「名前大丈夫?」
『あ、リコちゃん』
「日向くんったらずっと固まったままなのよ。名前生理なんでしょ?」
『うん、そうなの。今回はすごい重くて』
一人で痛みとたたかってる、なんて言ったら順平くんに部活を休ませてお見舞いに行かせると言ってくれたリコちゃん。順平くんが来てくれる、そう思うとすごく元気が出た。リコちゃんには何かお礼をしないと。
「名前、わりぃ」
『順平くん、生き返った?』
「あぁ…。学校終わったら見舞い行くから、それまでひとりで頑張れよ」
『うん、待ってるね』
電話を切ると急に寂しくなった。また静かになってしまった。意味もなく携帯を見つめて、今電話したばかりの順平くんからまたメールが来ないかなと考える。
来るわけないかぁ、静かな部屋でそう呟いたとき、メールが来たことを知らせる着信音。まさかと思ってメールを開くと日向順平の文字。やっぱり順平くんからだ。
内容は、家に着いたら電話するからそれまで寝てろ、というものだった。きっと順平くんがは私がずっと起きて待ってると思ったのだろう。
ちゃんと寝てるね、そう返信するとすぐに返事が返ってきた。
『おやすみ、か…』
そんなこと言われたら絶対寝るしかない。順平くんはずるい。
気が付いたらまた寝ていた。時刻はちょうど学校が終わったくらい。もう少ししたら順平くんが来るかもしれない。
そういえば体調もさっきより大分楽になった気がする。寝たからかな。
『順平くん早く来ないかなぁ…』
早く会いたいなぁ。きっと順平くんの顔見たら元気出ると思うし。
ワクワクしながら順平くんを待っているとインターホンが鳴った。だるい体を起こして玄関に行くと順平くんの声。
「名前」
『はーい』
名前を呼ばれて返事をしながらドアを開けると順平くんは肩で息をしていた。
「大丈夫、か?」
『いや、それこっちのセリフだよ。順平くん走ってきたの?』
「おう」
そんなに急がなくてもいいのに、そう言うと順平くんは少しだけ顔を赤くして心配だったんだよ、と呟いた。
私を心配してわざわざ走ってきたと聞かされて嬉しくないわけがない。私は順平くんに抱きついた。
「っ!」
『ありがとう、順平くん』
きっと顔を真っ赤にしてるだろうなと思って順平くんを見たら場所を考えろと怒られてしまった。そうだ、まだ家の外だった。
ごめんなさい、と謝って順平くんを家に入れると後ろから名前を呼ばれた。何だろうと思って振り返ろうとするとその前に腕を掴まれてそのまま引っ張られた。
『えっ…』
気付くと私は順平くんの腕の中にいた。
『順平くん…?』
「お前がいないとつまんねぇ」
『…寂しいとかじゃなくて?』
「それも、あるけど…」
『ふふ、私も順平くんに会えなくて寂しかったよ』
「おう…」
順平くんはまだ私を抱きしめたままだったから、今日はずっとこのままでいようか、なんて言ってみた。てっきりダァホと怒られるものだと思っていたのに順平くんは意外な反応をした。
「いいのか?」
『えっ?』
冗談で言ったつもりがそんなことを言われてしまいちょっと焦った。だけどこのままも悪くないかなと思う。
『順平くんがいいならずっとこのままでもいいよ』
「いや、やめとく」
『えっ?どうして?』
「お前体調悪いんだろ。横になってろよ」
『……じゃあ、ずっと手握っててくれる?』
「っ…、おう」
順平くんはそこでやっと私を離してそう言った。その顔は赤くなっていて、私もつられて赤くなる。
『部屋、行こうか…』
「そうだな…」
大好きな人と一緒にいられる、そんな時間が訪れる。