私には好きな人がいる。その人は同じ部活の先輩で、いつも優しく声をかけてくれるとっても良い人。
「は?なんて?」
『だからぁ!森山センパイは良い人っていう話ですよ!』
「…………は?」
『っ、もういいですよ!笠松センパイのばーか!』
「っ!シバくぞ!」
笠松先輩は手を振り上げた。が、シバいたら森山センパイに言いますからね!と言うと手を下ろし面倒くさそうにため息をついた。
『ちょ、なんですかそのため息』
「別に」
『………笠松センパイは森山センパイのことが嫌いなんですか?』
「好きか嫌いかで言えば嫌いだな」
『ひどい!私は大好きですよ!!』
そう叫ぶとうるせぇと言われ軽く頭を叩かれた。この人は私のことを女子と思っていない。絶対そうだ。だっていつも平気で叩くし(まぁちょっと軽めだけど)、暴言だって吐くし。
「で、相談ってなんだよ。せっかくのオフなのにわざわざマジバまで呼び出したんだから早くしろよ」
『………じ、実はですね、森山センパイに、チョコ、渡そうと思って…』
「は?チョコ?」
『もうすぐバレンタインじゃないですか』
「あぁ」
この人バレンタインを忘れるなんて、正気か。男子だったら指折り数えて待つくらい楽しみなイベントじゃないの?
あ、そういや笠松先輩女子苦手なんだっけ。私に対して普通に接するから忘れてた。
「つーか、そーゆー相談なら他のマネにしろよ」
『違うんですよ!他の子にもしますよ!しますけど!私は森山センパイの好きな物が知りたいんです!そーゆーの知ってるのって仲良い笠松センパイくらいじゃないですか!』
「本人に聞けばいいだろ」
『そしたらチョコあげるのバレるじゃないですか!』
「どうせいつもみたいにマネから全員にあげんだろ」
『それとは別にあげるから悩んでるんじゃないですか!』
毎年マネージャーから部員全員にチョコをあげている。でも私はそれとは別に森山先輩にチョコをあげる。全員にあげるチョコは誰かに好みを聞いたりしないで適当なものを買ってきて渡すだけだ。だから森山先輩に好みなんて聞いたらきっと個人的にあげるとバレてしまう。
なのに笠松先輩は、本人に聞けばいいだろなんて…。
『笠松センパイバスケ以外ではホントに使えませんね!もういいです!自分で考えます!』
私が席を立って帰ろうとすると笠松先輩に呼び止められた。謝るのか、そう思って席に戻ると先輩は小さく呟いた。手作り、と。
『えっ?』
「あいつ、手作りならなんだっていいって言ってた」
『手作り、ですか』
てゆーか謝りはしないんだ。てっきりそっちだと思ったのに。まあいいや。手作りがいいって教えてくれたし。
これはかなりいい情報だ。何せ私は買ったチョコをあげようとしていたから。
『笠松センパイ、ありがとうございます。森山センパイのために私頑張って手作りします!それじゃあ!』
バレンタイン当日。
待ちに待った日がやってきた。森山先輩にチョコを渡して、告白する。
「名前ちゃん、森山センパイに何渡すの?」
『チョコレートマフィン』
「へぇ、すごい!喜んでもらえるといいね!」
『うん』
ちゃんと味見はしたしきっと大丈夫。問題は告白だけ。ちゃんと言うことができるんだろうか。
マネからのチョコは朝練のときに渡すから、私のマフィンもそのとき?いや、放課後かな。うーん。様子を見ながら考えよう。
「名前ちゃん、みんなのチョコ渡すって!」
『あ、うん!今行く!』
マネージャーから部員ひとりひとりにチョコが渡されていく。私は早川くんに渡した。同じ学年だから。
早川くんは大きい声でお礼を言って嬉しそうに笑った。それを見てこっちまで嬉しくなった。早川くんは私の癒やしだ。可愛いし、元気だし。まあ一番の癒やしは森山先輩なのだけれど。
「名前ちゃん、森山センパイにはいつ渡すの?」
『えと、様子を見ながら考えようかと…』
「笠松センパイとかに協力してもらって昼休みに森山センパイのこと呼び出してもらえば?」
『あ、そっか。その方が渡しやすいね』
よし、笠松先輩に協力してもらうか。
朝練終わり、私は笠松先輩に声をかけて、昼休みに森山先輩を中庭に連れてきてくれるように頼んだ。笠松先輩は面倒くさいと言いながらも良いと言ってくれた。あとは昼休みを待つだけだ。
緊張しながら1日を過ごしているとすぐに昼休みになった。私はドクドクと鳴る胸を押さえながら中庭に向かった。
「名前ちゃん?」
『えっ?…あっ、森山センパイ』
振り返るとそこには森山先輩。
「どうしたんだ、こんな所で」
『え、あ、その…』
「俺笠松に中庭行けって言われたんだ。なんか誰かが呼んでるとか」
『っ……、それ私です…』
「えっ?」
『森山センパイをここに連れてくるように笠松センパイに頼んだの、私なんです』
森山先輩はキョトンとしたような顔をした。きっと何で本人じゃなく笠松先輩に頼んだのか疑問に思っているのだろう。
『あの、すいません。自分で言えば良かったんですけど…』
「いや、大丈夫だ。それより俺に用って?」
『っ…』
森山先輩に見つめられて、心臓が爆発しそうになった。だけどちゃんと言わなければならない。この気持ちを。
私は胸に手を当て服をぎゅっと掴んだ。
『あの…』
ゆっくりと手に持っていたマフィンを差し出す。森山先輩は少し驚いたような顔をしてマフィンに手を伸ばした。
「これって…」
『ほ、本命です…!』
「っ!」
『ずっとセンパイが好きでした!もしよかったら付き合ってください!』
言った。ちゃんと自分の想いをぶつけた。森山先輩はどう思っただろう。
私は怖くて先輩の顔が見られなかった。フられる可能性の方が高いと思う。私は全然可愛くないし、一緒にいても楽しくないだろうし。
「名前ちゃん」
『っ、はい…。えっ…』
恐る恐る顔を上げるとそこには頬を抓っている森山先輩。この人は一体何をしているんだろうか。
あの、と小さく声をかけてみる。
「これは夢じゃないよな?」
『えっ、はい』
「ホントに?」
『はい』
そこでようやく森山先輩は頬を抓っている手を放した。私の両手を掴んで私を見つめた。
私はいきなりのことに驚き一瞬固まったけどすぐに恥ずかしくなり下を向いた。
『せ、センパイっ、あのっ…』
「名前ちゃん、こっちを向いてくれないか」
『っ、』
ゆっくりと顔を上げて先輩を見ると、先輩の顔が少し赤くなっていた。
えっ…。なんでそんな顔、してるんですか…。
「名前ちゃん、俺なんかでいいのか?」
『っ…』
そんなことを聞くと言うことは、期待してしまっていいんだろうか。
私はしばらく先輩を見つめ、それから頷いた。すると先輩はその瞬間勢いよく私を抱きしめた。
『きゃっ!』
「名前ちゃん、俺も名前ちゃんのことが好きだ。優しいとことか可愛いとことか全部」
『っ、女の子はみんな好きじゃないんですか?』
「名前ちゃんは特別だ。確かに他の子も見てたけど、いつも目で追ってるのは名前ちゃんだった」
『っ!』
森山先輩も私のこと、好きだったなんて。夢、じゃないよね。どうしよう、幸せすぎて死んじゃいそう。
『センパイっ、好きです…、大好きっ…』
その後私は今まで我慢していた分何度も先輩に好きだと言い続けた。
私の好きな人
(あの、由孝センパイ…、って呼んでもいいですか?)
(っ!もちろん!!)