雨だ。今日は曇りだって言ってたのに…。
放課後、窓の外を見てそう思った。今日はHRが終わった後先生に頼まれてプリントの整理をしていた。そのときは雨は降っていなかったと思う。でも帰ろうと思って窓の外を見たらパラパラと雨が降っていた。
家が近ければ走って帰るという手段があるがあいにく私の家はそんなに近くない。そもそも電車に乗らなければならないし、電車にずぶ濡れで乗るというのは避けたい。
『はぁ…』
雨やまないかなぁ…。
一人の教室でそんなことを思う。
「っ!」
『あっ…』
急に後ろに人の気配を感じて振り返ると、同じくラスの笠松くんが立っていた。
というか今あっ、って言っちゃった。どうしよう。絶対笠松くんに聞こえたよね。
『えと、い、いつもは部活やってる時間だよね?』
「えっ…、あ、あぁ、今日は、早く終わったんだ」
下を向きながらたどたどしく話す笠松くんを見て、そういえば笠松くんは女子が苦手だったな、と思い出した。申し訳ないことをしてしまった。
『おつかれさま』
一応笠松くんの言葉に何か返さなければと思い口を開いた。笠松くんは小さく頷いてくれた。
あっ…。
笠松くんは自分のロッカーを開けずっと放置してあったであろう折りたたみ傘を取り出した。どうやら笠松くんも今日雨は降らないと思っていたらしい。
「じゃあ…」
『えっ?…あ、じゃあね』
手を振ると笠松くんが少し笑ってくれた気がした。気のせいかもしれないけど。
『うーん…』
やっぱり走って帰るか。雨やみそうにないし。
笠松くんとさよならをして数分後、私も教室を出た。
ん?
昇降口を目指して歩いていると数人の男子生徒の話し声が聞こえた。私はその中の一つに注目した。
笠松、くん?
さっき聞いたばかりだから多分そうであろうと思う。あれは笠松くんの声だ。
「行ってこいよ笠松」
「そうっスよセンパイ!」
「名字さんが…えっ?」
『えっ?』
森山くん?と目が合った。
ていうか今名字さんって言った?それって私のこと?それとも同姓同名かな。第一私森山くんと面識無いし。
「い、今の話しどこから聞いてた?」
『えっ、えっと……、行ってこいよ笠松、ってところから』
「そうか、よかった」
私以外の全員が安堵の表情を浮かべた。
ん?なに?
『あの、さっき私の名前言ってなかった?それとも違う名字さんなのかな』
「いや、話してたのは君のことだ、名字さん」
「はあっ!?おい森山!」
『っ!』
笠松くんがいきなり大きな声を出すから驚いた。驚きすぎて鞄を落としそうになった。
『な、なんで私の話?』
「あぁ、笠松が教室で名字さんと会ったって言ってて、それでもしかしたら傘がないんじゃないかって話になってな。だから笠松にもう一回教室行ってこいって言ってたんだ」
『えっ…』
もしかしてみんな私のこと心配してくれたの?笠松くん以外面識ないのに。
『あの、ありがとう、心配してくれて』
「いや、いいんだ。それで、傘は?」
『それが、持ってなくて…』
「なら笠松に入れてもらったらどうだ?」
『えっ!』
「なっ!」
「実は俺も傘が無いんだ。でも黄瀬が傘持ってるし、俺は黄瀬に入れてもらう」
「ちょっと待て!お前が俺の傘に入ればいいだろ!」
「それはダメっスよ。そしたら俺と名字センパイになっちゃうじゃないっスかー。そんなの女の子見られたら、名字センパイがどうなるか…」
『えっ…、それは困る』
黄瀬くんのファンほど怖いものはない。そんなの目撃されたら最後、もう二度と学校行けなくなる。
あ、じゃあ…
『私と森山くんは?』
「ごめん名字さん、それは無理なんだ。俺はみんなの森山だから」
森山くんは爽やかな笑顔でそう言い放った。その瞬間時間が止まったかのようにみんなが一瞬固まった。そしてそのあと森山くんを笠松くんの跳び蹴りが襲った。
「何するんだ笠松!」
「うぜぇんだよお前!お前と名字でいいだろ!」
「だから俺はみんなの森や、痛っ!」
今度は笠松くんの肩パンが森山くんを襲った。
「笠松、なんでそんなに名字さんを嫌がるんだ!名字さんに失礼だろう!」
「っ!」
『えっ、あの、私は大丈夫だよ。笠松くんが女子苦手なの知ってるし』
「笠松、お前はこんないい子を拒絶するのか!」
大丈夫だと言ったのに笠松くんが怒鳴られてしまった。私のせいだ。もう少し教室にいてから帰ればよかったかもしれない。
『あのー、私走って帰るから、だから』
「入れてく」
『えっ?』
今のは紛れもなく笠松くんの声だ。入れてく、とは、傘に入れてくれるということだろうか。でも笠松くんは女子が苦手だ。その苦手な女子と同じ傘に入るなんて苦痛ではないのだろうか。
『えっと、嫌だったらいいよ?』
「…嫌では、ない」
『えっ?』
「笠松センパイは緊張してるんスよね?」
「っ!」
緊張…?
あ、もしかして女子苦手って話したりするの恥ずかしいって意味?嫌いではないのかな。だとしたら私、勘違いしてたな。
『笠松くんがいいんなら、傘入れてもらってもいい?』
「おう…」
結局私は笠松くんの傘に入れてもらうことになった。しかしやはり相手は笠松くん、同じ傘に入っているはずなのに距離が遠いし二人の間に会話はない。
笠松くんは手を伸ばして傘が私の上にくるようにしてくれていて、自分はほとんど傘の外だ。さっきそれを指摘したけど気にするなと言われてしまった。
『笠松くん、そんな離れるほど女子苦手?』
「名字センパイだから余計じゃないっスかー?」
「黄瀬っ!!」
『えっ?どういうこと?』
「っ…」
『笠松くん?』
私が顔を覗き込むと笠松くんは顔を赤くしていた。
「名字さんって結構鈍感?」
『えっ?』
鈍感?なんで今そんなこと言われなきゃいけないの?
そう思っていたら黄瀬くんが口を開いた。
「名字センパイってどんな人かすごい気になってたっスけど、安心したっス」
『えっ?』
「名字センパイなら笠松センパイのこと任せられるっスねー」
「っ!」
『えっ、任せる…?』
任、せる。………あっ。
えっ、どうしよう、私気付いちゃったかもしれない。笠松くんの想いに。で、でも、ホントにそうなのかな。もしかしたら違うかもしれない。私の勘違いかもしれない。
「名字」
『っ!』
「その……、す、す…、好きだ!」
『えっ…』
笠松くんが私の目見た…。ってそーゆーことじゃなくて!好きって、そう言った。私を。
『私たち、今日初めて話したよ?』
「えっ、あ、その…」
笠松くんが困っていると森山くんが代わりに話してくれた。友達とバスケ部の見学に来ていた私が黄瀬くんには見向きもせずコート全体を見ていた、それを見て変わった奴だと思ったこと。でもいつしかその他の人とは違うところと雰囲気に惹かれていたということ。
森山くんが話をしている間笠松くんはずっと恥ずかしそうにしていた。そんな姿なかなか見れるものじゃなくて、私はそんな笠松くんをずっと見ていた。
「というわけだ。笠松の想いは伝わったか?」
『う、うん』
「そうか、ならよかった。………笠松、お前からもう一つ、言うことがあるだろ?」
「っ、………その…、つ、付き…、付き合って、くれ」
『っ……』
どうしよう、笠松くんはいい人だと思うけど、今日初めて話したしな。でも女子苦手なのに頑張って言ってくれたんだよね。できれば、その気持ちに答えてあげたい。
私は笠松くんと付き合うことのメリットを思い浮かべた。そしたら思いの外いろいろ出てきて、こんなにいい人はなかなかいないなと思った。
『笠松くん、帰ろう』
「えっ…」
『そんなに離れてたら濡れちゃうよ?もっとくっ付いて、恋人同士なんだから』
「っ!……名字」
『へへ、今日からよろしくね』
笠松くんは嬉しそうに頷いた。
恋雨
(俺二人のキューピットだな)
(おい、自分で言うな。…まあでも、さんきゅ)
(あ、笠松くんがデレた)
(はあ!?デレてれぇよシバくぞ!あっ…)
(笠松くんにならシバかれてもいいかな、なんてね)