『幸くん、別れよ』

「っ………、分かった」

『っ…』




数分前の私たちの会話。今日はエイプリルフールだから別れようなんて嘘を付いた。幸くんはエイプリルフールの嘘だと気付くか、もし気付かなくても別れたくないって言ってくれると思ってた。でもあっさり承諾してしまうなんて。ショックだ。承諾したということはつまり、私と別れたい、もしくは別れてもいいと思っていたわけだ。

言ってからすぐにエイプリルフールの嘘だと伝えようと思っていたが、私はその後何も言えず、幸くんがいなくなるのをただただ待った。




『バカみたい…』




まさかこんな形で別れることになるとは。嘘だよー、なんて笑って言おうと思ってたのに。何してるんだろ、私。

ホント、バカだ…。


私と幸くんが出会ったのは部活だった。幸くんはバスケ部に入っていて、私はマネージャーをしていた。いつも真面目な姿に惹かれてかっこいいなぁなんて思っていたら幸くんから告白された。凄く嬉しかったのを今でも覚えている。

つい先日付き合って3ヶ月記念のお祝いをしたばっかりなのに。あのときの幸くんはとても幸せそうだったのに。あれは全部嘘だったのかもしれない。




『部活、行きたくないな…』




屋上でぽつりと呟いた。今は授業中だが今日はそれどころではなく、幸くんと別れた後すぐにここにやってきた。幸い幸くんとはクラスが違うから私が居ないことには気付いていないだろう。まあ気付いたところで私たちはもう別れたわけだから全然気にしないと思うけど。




『部活休んじゃおっかなぁ』




でも今日休んだら明日も行きづらくなるか…。ここはやっぱり何事も無かったかの様に顔を出して…。でもみんな私たちの様子がおかしいことに気付くよね。騒がれたくないなぁ。どうしよう。




『……』




幸くんと別れてもすごい悲しいけど涙が出ないのはまだ別れた実感がないから。それと、もしかしたらまたやり直せるかもしれないと心のどこかで思っているから。そんなこと、叶うはずないのに。




『幸くん、好き…』










放課後、重い足を引きずって体育館にやってきた。そこで、今日は自主練だということを思い出した。

自主練、ということは幸くんと顔を合わせないということは絶対に無理だ。自主練となると大体レギュラーの人しか残らないのだから。

レギュラー陣はみんな部室で着替えているようで、かすかに話し声が聞こえる。




「あ…」

『っ、お、遅れてごめんね!ちょっと用事があって…』

「い、いいっスよ、まだ始めてないし」

「そ、そうだ!部活はこれからだからな!」

『……?』




心なしかみんなの様子がおかしい。黄瀬くんがちょっと慌ててた気がする。そんなこと今まで無かったのに。一体どうしたというのか。ちらりの幸くんを見ると…




『えっ…』




明らかに元気がない。魂が抜けたような顔をしている。


私と別れられて嬉しいんじゃないの?…………あ、もしかして気まずいから?やっぱり今日別れたわけだし、顔は合わせたくないか。

あれ?気まずい…?そういえば黄瀬くんと森山くんもそんな感じに見えなくも…

っ、そっか。幸くんがみんなに話したのか。私たちが別れたこと。それでみんな気まずそうなんだね。なんか悪いな、みんなに迷惑かけちゃって。




「練習始めるっスよー!」

「なんでお前が仕切ってるんだよ」

「え、だって、ねぇ…」




黄瀬くんがちらりと幸くんを見た。幸くんはまともに練習ができる様子ではない。


私、帰った方がいいかな。幸くんに悪いな。




『あ、あの、私、帰る』

「えっ、あ、そうっスか」

『うん、ごめんね。じゃあ』

「……待ってくれ!」

『っ!』




聞き間違えるはずがない。今のは、私が大好きな幸くんの声。

その声に振り返ると、幸くんがまっすぐ私を見据えて立っていた。そして、しばらく見つめ合った後、こちらに近づいてきた。


なんだろう、もう二度と来るなとか、言われちゃうのかな。嫌だな。私この部活好きなのに。頑張るみんなを見るのが、幸くんを見るのが大好きなのに。


そう思ったら悲しみが一気に押し寄せた。




『っ、ぅ…』

「っ!なんで泣いて…」

『嫌だよぅ、マネージャー、止めたく、ない』

「…?誰もそんなこと言ってねぇけど」

『っえ?違う、の?じゃあ…』

「…その、今朝の、ことだ」

『…別れた、こと…?』

「あぁ…」




どういう話だろう。別れたけど普通に接してほしいとか、そんなことかな。マネージャーやめなくていいって言ってたから俺に話しかけるなとかではないと思うけど。




「俺のどこが、嫌いなんだ?」

『えっ?』

「直せることなら努力して直すし、こ、恋人らしいことがしたいなら、そうする」

『えっ、えっ?』

「だ、だから、やり直し」
『ちょっと待って!』




状況がつかめないぞ。どういうことだ?やり直し?だって別れようって言ったら分かったって…。




『幸くん、私のことがイヤになったんじゃないの?』

「は?そんなわけねぇだろ、俺がいつそんなこと言ったんだよ」

『だ、だって!別れようっていったらあっさりいいよって言ったじゃん!』

「それは、嫌だって言っても無理だと思ったからだ。それに、俺が我が侭言ったらお前に迷惑がかかるし…」




なんだ、そうだったのか。私のこと気遣った承諾してくれたのか。




「てか、ちょっと待て。なんかおかしくねぇか?お前が俺に嫌われたんじゃないかと思ったってのは分かった。でもそれは俺が別れることをあっさり承諾したからだろ?」

『うん』

「じゃあそもそもお前はなんで別れようなんて言ったんだよ。俺にイヤだと思われてるって勘違いしたのは別れようって言った後だろ?その前にそれ言うのはおかしいだろ」

『………』




これは、嘘でしたなんて言える雰囲気じゃないぞ。どうしよう。非常に困った。




「あっ!」

『っ!』




そこで黄瀬くんがいきなり叫んだ。なにごとかと思ってそっちを見ると、黄瀬くんと目が合った。


えっ…




「もしかしてエイプリルフールの嘘だったんじゃないっすか!?今日4月1日っスよね!今気づいたっスけど」

『っ!』




イエス!黄瀬くんご名答!って言ってる場合ですか!これはあれだよ、絶対幸くんに怒られるよ!




『あの、幸くん』

「つくならもっとましな嘘つけ」

『う、はい』

「落ち込んだだろ」

『えっ…』

「笠松のやつショックで昼ご飯食べれなかったんだぜ」

「なっ!森山てめぇ!」




幸くん、そんなにショックだったんだ。ちょっと嬉しい。でも聞いて幸くん、私もショックだったんだよ。だから、今回はお互い様ってことでどうでしょう。




自分の気持ちに嘘を吐いて…
(今日部活休む)
(えっ、なんで!?)
(嘘だよ。お前もつくならこれくらいの嘘にしろ)
(え、嘘なの!?もう!止めてよ幸くん!)
(は?そんなに怒ることねぇだろ)
(怒るよ!だって部活終わって幸くんと一緒に帰るのが毎日の楽しみなんだから!)
(っ…)
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