ずっと苦手だと思っている人がいた。その人は顔が良くてバスケ部で女好きで、可愛い子を見つけるとすぐに声をかけて運命だとか訳の分からないことを言って口説く。でもそんなんだからみんな気持ち悪がって逃げるし、彼と付き合おうなんて考える人はいなかった。しかし、私は先日その彼にキュンとしてしまったのだ。

それは私が友達に誘われてバスケ部の見学に行ったときだった。その彼がバスケ部なのは前から知っていたけどどうせギャラリーの女の子に声をかけまくって真面目にバスケをしないのだろうと思っていた。でも違った。彼は真剣な顔でバスケをしていて、みんなが黄瀬くんを見つめる中、私は彼、森山くんから目が離せなかった。



「それってさ、森山くんのことが好きってこと?」

『えっ!?ち、ちがうよ!』



昼休み、友達にこの前のことを話したらそう言われた。私が森山くんのことを好きなんてそんなことあるはずない。だって森山くんは女好きで誰にでも声をかける。そんな人好きになるはずがない。この前のは少しキュンとしただけだ。別に恋とかじゃない。恋とかそんなんじゃ…。



『キュンとしたって恋になるの…?』

「微妙じゃん?男子がかっこいいこと言ったりしたら恋じゃなくてもキュンとしたりするし」

『そっか』



そうだよね。普段の生活の中で男子に対してキュンとすることなんていっぱいあるもんね。私だっていっぱい………あれ?私男子に対してキュンとしたことなんてあったかな?

思い出せる限りではないような気がする。森山くん以外。

いやいや、でもそんな毎回男子に対してキュンとするわけじゃないし、きっと私がそういう場面に出くわすことがなかったんだよ、うん。それかみんなよりキュンとしにくいとか。



「名前ー?」

『ん?』

「さっきからずっとストロー吸ってるけど飲み物もう入ってないよ?」

『えっ?あ、ホントだ。私飲み物買ってくるね』

「いってらー」



財布を持って教室を出る。


一体なにをやってるんだ私は。ストロー咥えたまま考え事するなんて。もう森山くんのことを考えるのはやめよう。絶対恋じゃないし。



「ねぇ、最近森山くん女子に声かけなくなったよね」

「あ、確かに」



森山くんのことを考えるはやめようと思ったそばからそんな会話が聞けえた。森山くんが最近女子に声をかけていないというのは本当だろうか。


っていかん。もう森山くんのことは考えないんだ。



『…わっ!』



そう思ったとき、曲がり角で誰かとぶつかってしまった。私が下を向いていたせいだ。私が悪い。早く謝らなければ。


そう思って顔を上げて、私は固まった。だって私がぶつかった相手は、さっきまで私を悩ませていた張本人である森山くんだったから。



「っ、ごめん、大丈夫か…?」

『えっ、やっ、私が下向いてたせいだし…。大丈夫です、ごめんなさい』



そう言って頭を下げると、俺もちゃんと前見てなかったから、と言われまた謝られた。たぶん森山くんはちゃんと前を向いてたと思う。きっと私に気を使ってくれたんだ。森山くんはそういう気遣いもできる優しい人らしい。



『じゃあ私はこれで』



そう言って去ろうとしたのだけど森山くんに手を掴まれた。驚いて顔を上げると森山くんと目が合った。森山くんは私と目が合うとフイッと顔を横に向けた。


一体なんだろう。というかさっきから掴んでる手を放してほしい。男子に手を掴まれたことなんてないから恥ずかしい。



『……えっと』

「っ、ごめん。………あの、名字さん、だよな?」

『っ、そうだけど』



森山くんは私の手を放してそう言った。なんで森山くんが私の名前を知ってるんだ。もしかしてあれか、森山くんは学年全員、もしくは学校全員の女子の名前を覚えているのか。



「この前、バスケ部の見学、来てたよな」

『えっ、…うん』



まさか見学に来た女子の顔をみんな覚えているのだろうか。だとしたらすごい記憶力だ。


私が森山くんの能力に感動しているとまた森山くんが喋り出した。



「その、俺の勘違いだったら恥ずかしいんだけど、」

『…?』

「名字さん、俺のこと見てなかった…?」

『っ!』



どうしよう、バレてる。しかも本人に。私そんなに森山くんのこと見てたかな?



『えっ、と……、森山くんいつもと雰囲気違ったから、だから目がいっちゃったというか…、いつも女の子に声かけてるのに、バスケはホントに真剣にやってるんだなぁと、思って…』

「あ……、そういうことか。ごめん引き止めて」

『えっ…』
森山くんは肩を落として去っていく。私はそんな悲しそうな後ろ姿を見て放っておけなくなり、気付くとその背中を追いかけていた。



『森山くん!』

「っ!」

『あ、えっと…、なんでそんなに、悲しそうなの…?』

「……………名字さんが俺を見てたのは、俺に気があるからかと、思って」

『えっ…』



自分に気があると思ってたけどないって分かって落ち込んでるってこと?

それじゃあまるで私のこと…。っ……。



『森山くん、私のこと、好き…なの?』

「あぁ…」

『っ…』



ちょっと待って、森山くんは女の子がみんな好きなんだよね。じゃあ私はその中の一人ってこと?でもだったらそんなに落ち込むこと…

あっ、もしかして私が森山くんのこと見てたから、それで私のこと他の子より好きになってくれたのかな。だからそんなに落ち込んでるの?



『えっと、私が森山くんのこと見てたから、私のこと好きになったの…?』

「っ!違う!俺はその前から名字さんのことが好きだった!」

『っ!』



森山くんの口から出た言葉に驚愕しているとごめん、と謝られた。なんで謝るのか分からなくてどうしてかと聞くと、俺のことが好きじゃないと知っているのに告白して、と言われた。



『それは、謝る必要ないと思う。びっくりしたけど、好きって言われて悪い気はしないし』

「っ……」

『あのね、森山くん。私、バスケやってる森山くん見て、キュンとしたの』

「えっ」

『恋とか、そういうのじゃないかもしれないけど、でもキュンとした』



森山くんはたぶん、私が思っていたような人ではない。本当は、バスケが大好きで、優しくて少し不器用で、女の子が好き。それと、本気で好きな人ができたら女の子に声をかけるのはやめる。さっき廊下ですれ違った子たちが言っていた、最近森山くんは女子に声をかけていない、と。それはきっと本気で好きな人ができたから。たぶんそれは、私のこと。森山くんは、本気で私が好きなんだ。



「名字さん俺、名字さんのこと、本気でキュンとさせられるように頑張ってもいいかな」

『うん』




僕が君を想う気持ち
(今日バスケ部の見学に来てくれないか?名字さんにかっこいいとこ見せるために頑張るから)
((キュン))





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