同じクラスの笠松くんはバスケ部の主将で風紀委員で真面目でだけどちょっと短気で女子が苦手。私が笠松くんを知ったのは高3の春だった。もともと人の顔を覚えるのが得意ではない私は3年で同じクラスになるまで笠松くんのことをまったく知らなかった。友達に言ったらありえないと言われたけど知らなかったものはしょうがないと思う。

でも私は今、この年になるまで知らなかったその笠松くんに特別な感情を抱いている。特別な感情というのはもちろん好意のこと。きっかけは本当に単純だった。黄瀬くん好きの友達の誘いでバスケ部の見学に行って一生懸命バスケに打ち込む笠松くんを見て恋に落ちた。

恋に落ちてからは毎日のようにバスケ部の見学に行き、授業中なども笠松くんを見つめている。残念ながら笠松くんは私の好意に気付いていないだろうしそもそも私が見ているということも知らないかもしれない。



『はぁ…』



ここのところ毎日溜め息ばかりついている。笠松くんを見つめられるのは幸せだけどどうせなら話してみたいと思う。私は今まで一度も笠松くんと話したことがない。このクラスの女子ほとんどがそうかもしれないがみんなより一歩でも笠松くんに近づきたい。そうすれば少しは私のことを意識してもらえるかもしれない。



『あっ…』



昼休みになると森山くんが笠松くんのところにやってきた。森山くんは男の子だけれどどうしても嫉妬してしまう。笠松くんと話しているから。



「名前、購買行こ」

『あ、うん』



友達にそう言われ席を立ち、わざと笠松くんの横を通ってみた。カラン。私が笠松くんの横を通り過ぎると何かが落ちる音がした。振り返るとシャーペンが床に転がっていた。私はとっさに手を伸ばしそれを手に取った。



「それ…」

『えっ?』



誰のだろうと周りを見渡していると小さな声が聞こえた。声がした方を見るとそのには笠松くん。



『っ…』



笠松くんは顔を赤くして下を向いている。森山くんはそんな笠松くんを見てニヤニヤしている。


もしかして、笠松くんのシャーペン…?



『あの、これ、笠松くんの…?』

「……あぁ」



小さな声でそう言う笠松くんの顔はさっきよりも赤い。

いくら待っても笠松くんは手を出してくれないので仕方なく机の上にシャーペンを置いた。笠松くんはビクリと肩を揺らしてそのあと少しだけ上を向いた。



『……』

「笠松、お礼言えよ」

「っ…!」



笠松くんが黙っているのに見かねた森山くんがそう言ったのだけれど笠松くんは無理だとでも言いたそうな顔で森山くんを見つめた。

笠松くんにお礼を言ってもらえたらそれはもう嬉しいが笠松くんを困らせたくはない。



『別に大丈夫だよ。笠松くんが女子ダメなの知ってるから』

「っ…」

『じゃあ私行くね』



お礼を言ってもらうのを諦めて教室から出ようとしたとき、待て、と呼び止められた。笠松くんに。振り返ると笠松くんはゆっくりと立ち上がってそして私のところまでやってきた。

ドキドキと心臓が鳴る中笠松くんが口を開くのを待つ。



「さ…」

『……』

「さん、きゅ…」

『っ…』



お礼を言われたことに驚いてしばらく固まってしまった。そのあと我に返りどういたしましてと返したけれど笠松くんは私の言葉を聞くと逃げるように自分の席に戻っていった。



「名字さん」

『えっ?』



今度は森山くんに呼び止められた。そういえば私は森山くんと話したことなんてない。なぜ彼は私の名前を知っているのだろうか。私の名前を知る機会なんてないはずだ。私は生徒会でもないし何かの賞を取ったことだってない。なのになぜ。



『あの、なんで私の名前…』

「名字さんよくバスケ部の見学に来てくれるだろ?みんな黄瀬を見てるのに名字さんだけ違うところを見てるから変わった子だなって思ったんだ。それで笠松に聞いてみたら同じクラスだって言うから、それで知ってたんだ」

『なるほど…って、えっ!?』



違うところを見てるからってそれ私が誰を見てたか知ってるってこと!?だとしたら私の笠松くんに対する想いは森山くんにバレてる…。もしかして、笠松くんにも…?



「名字さんが誰を見てたかは知ってる。俺も、笠松もな」

『っ!』



どうしよう、やっぱりバレてる。笠松くんに気持ち悪いとか思われてるかな。もしかして私が授業中に笠松くんのこと見てたのも知ってたのかな。



『っ…』

「っ!名字さん!?」



私は辛くなって泣きながら教室を飛び出した。走って走って走り続けて気が付くとそこは多目的室の前だった。一人になりたかった私は誰も居ないのを確認し中に入った。


そうだ。さっきのだと森山くんが私を泣かせたように見えちゃったかもしれない。あとでちゃんと謝りに行こう。



トントンッ



『っ!』



突然ドアを叩く音がして驚いた。誰も使わないと思っていたのにそうではなかったらしい。今開けられたらどこの誰とも分からない人に泣き顔を見られてしまう。



『……』



あれ?そういえばさっきからしばらく経つのに開ける気配がないな。もしかして誰かを探していたんだろうか。だとしたらラッキーだ。助かった。


一人安堵しているとガラリとドアが開けられたら。



『っ!』



もう誰もいないと思っていたのにいきなりドアが開いて驚いてそちらを向くと意外な人物が立っていた。



『っ!笠松、くん…』



なぜ彼がここにいるのだろうか。もしかして私を追いかけてきたのだろうか。もしそうだとしたらどうしてそんなこと。



「名字」

『っ…』

「聞いてほしいことが、あるんだ」



嫌だ、聞きたくない。頭の中ではそう思ってるのに声に出せない。ここから逃げ出したいけどそうしたら笠松くんはまた追いかけてくるかもしれない。


どうすればいいか考えていると笠松くんは私の気も知らないで口を開いた。



「俺も、」

『………えっ?』



俺もって何が…?



「俺も…、お前と同じ、気持ちなんだ」

『っ…』



私と、同じ気持ち?それって…。


笠松くんは顔を赤くしている。ずっと女子が苦手だからそうしているのだろうと思っていたけどどうやら違うみたいだ。思い返してみると笠松くんは他の女子と話しているときここまで顔を赤くしていなかった気がする。



「名字、好きだ」

『っ…』



私も…。


そう言ったはずなのに私の言葉は声にならなかった。でも笠松くんには私の想いは伝わったと思う。だって目の前の笠松くんは恥ずかしそうに片手で顔を隠しているから。



『笠松くん、私なんかを好きになってくれてありがとう。伝わらないかもしれないけど、私今すごい幸せ』

「……ちゃんと伝わってる」

『えっ?』

「俺も同じだ」

『っ!』



笠松くんは少し嬉しそうに笑った。




交わらない二つの世界が











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