昨日から緑間くんのことを真太郎くんと呼ぶことになった。もう付き合って1ヶ月だしそろそろ名前で呼んだ方がいいのだろうかと考えていたとき、タイミングよく高尾くんがその話をしてくれたことでそうなった。真太郎くんは意外と簡単に私の名前を呼んだ。だけど私は恥ずかしくてなかなか言えなくて、本人の前でまだ1回しかその名前を呼んでいない。心の中では何度も言っていたのにそれを言葉にするとなると難しい。本人の前ならなおさらそうだ。
『あ、おはよう』
「あぁ」
真太郎くんが登校してきたから声をかけた。真太郎くんは私と目が合うと少しだけ眉を寄せた。何か気にくわないことがあったのかもしれない。
「名前」
『っ、はい』
真太郎くんが私の名前を呼んだ。下の名前で呼ばれるのはまだ恥ずかしい。
顔を上げて真太郎くんの方を見ると真太郎くんは少し間を空け、なんでもない、と呟いた。明らかに何かを言いたそうな顔だったのに。何を言おうとしたのだろうか。さっき眉を寄せたのと関係があるのだろうか。
『あの、私なんかしちゃったかな』
「いや」
『ならいいけど…』
真太郎くんの視線が突き刺さる。絶対に何か言いたいことがあるだろうに。無言で見つめるというのはやめてもらいたい。ちょっと怖い。
『えっと、やっぱり何か言いたいことある?』
「……」
真太郎くんは表情を全く変えない。
言いたいことがあるんじゃなくてただ私を見てるだけなのかな。
そう思ったとき、真太郎くんがぽつりと呟いた。名前、と。私は意味が分からずえっ?と聞き返した。
「なぜ名前を呼ばないのだよ」
『え…?』
「いつもはおはよう緑間くん、と言っているだろう」
『っ…』
名前を呼ばないことに怒っていたのか。確かにいつもはちゃんと緑間くん、と名前を呼んでいた。でも昨日からそれが真太郎くんに変わったから恥ずかしくて言えなかった。
『ごめん。その、まだ恥ずかしくて。……で、でも、もう一回ちゃんと言うね』
「……」
『おはよう、し…、真太郎、くん』
恐る恐る顔を上げると満足そうな顔をした真太郎くんと目が合った。どうやら納得してくれたらしい。良かった。
真太郎くんは静かに自分の席に向かっていった。そして自分の席に着くと机の中から教科書を取り出した。私はその様子をじっと見ていた。するとしばらくして真太郎くんがパッとこちらを見た。
目が合ってしまい私が真太郎くんを見ていたことがバレてしまった。恥ずかしい。
『っ…』
真太郎くんがまたこちらにやってきた。恥ずかしいから来ないでほしいと願ってもその足は止めてくれない。
「なにか用か」
『えっ?』
「俺のことを見ていただろう」
『っ…、あ、いや…別に用があったわけじゃなくて…』
「…そうか」
そう呟くと真太郎くんは分かりやすく肩を落とし振り返った。私は歩き出した真太郎くんの背中を見つめ、そして呼び止めた。もちろん名前を呼んで。
真太郎くんはちょっと嬉しそうな顔をしながらこちらを向いた。そして、なんだ?と言って私を見つめた。
『え、えっと…、名前呼ぶ、練習。…………あっ、ごめんね。迷惑だよね』
「いや、そんなこと無いのだよ。お前に名前を呼ばれるのは心地いい」
『えっ…』
そう言われて驚いて真太郎くんを見ると恥ずかしそうに顔を逸らされた。
『真太郎、くん?』
「っ…」
名前を呼んでもこっちを向いてくれない。照れているのだろうか。
『真太、』
「聞こえているのだよ」
『えっ?』
「何度も呼ばなくとも聞こえている」
『あっ…うん。でも、真太郎くんこっち向いてくれなかったから』
「……心地がいいとは言ったがまだ呼ばれ慣れていないのだよ。そう何度も呼ぶな」
名前を呼んでほしいと言ったり呼ぶなと言ったり、真太郎くんはよくわからない。呼ぶのはいいけどほどほどにしてほしいということなのだろうか。
目の前の真太郎くんは未だ恥ずかしそうな顔でこちらを見ている。
『真、あっ…。えっと、必要があるときだけ、呼ぶね』
また真太郎くんと言いそうになったがギリギリで止めた。真太郎くんは私の私の言葉を聞くと一瞬止まりそしてそうしてくれ、と言った。
『あの、真太郎くん。さっき教科書見てたけど、今日の予習してたの?』
今の、真太郎くん、は言ってもいいやつだよね?もう意識しすぎてどのタイミングで呼べばいいのか分からなくなってきた。
「あぁ」
『そっか。……あの、私も一緒に、やってもいい…?』
「かまわないのだよ」
『ありがとう』
真太郎くんが自分の席に移動しようとしたから私もその後を追った。
慣れないのはお互い様
(真太郎くん)
(なんだ)
(っ、あ…、ごめん、何言おうとしたか忘れちゃった)
(しっかりするのだよ)
((真太郎くんの名前呼んだら恥ずかしさで頭真っ白になっちゃった))