※笠松さんが数学が得意だと知る前に書いたので数学が苦手という設定になっています。
今日はずいぶん書くことが多いな。社会科の時間、黒板を見てそう思った。いつもはあまり埋まらないノートだが、今日はもう二ページ目に突入している。多く書くとその分間違えることも多くて、さっきから何回も消しゴムを手にしている気がする。
あ、また間違えた。
今日何度目か分からないがまた消しゴムを手にし、間違えたところを消す。そして、それを机に置く。だが置こうとしたまさにその瞬間、それが手から転がり落ちた。
「っ…」
どこに行ったのかと周りを見渡す。だが消しゴムは見つからない。
どこ行ったんだよ。………あっ。
消しゴムを見つけた。見つけたのだが、俺はそれを拾うことができなかった。なぜなら俺の消しゴムは、隣の女子のイスの下にあったからだ。
なんでそんなとこにあんだよ、それじゃ取れねぇじゃねぇか。
隣の女子は俺が消しゴムを落としたことに気づいていない。まあ気づいても困るのだが。
消しゴムが無くても頑張ればどうにかなる。でも今日は数学の小テストがある。計算式を一つも間違えないで書くのはかなり厳しい。あいにく俺は数学があまり得意ではない。
他の男子に借りるというてもあるが、消しゴムを二つ持っている奴はそうそういないだろう。それに半分貰うにしても、意外と自分の消しゴムを半分にするのは嫌なものだ。だから半分もらうのも難しい。
うーん、と悩んでいるうちにチャイムが鳴った。
って、俺悩んでる間ノート取ってねぇぞ!あ、日直もう消すのかよ、もうちょっと待ってくれ!
黒板を消しているのが女子だったから何も言えなかった。
最悪だ。なんなんだよ。
『あの、笠松くん』
「っ!」
『っ、そんなに驚かれるとちょっと傷付く』
「っ、わ…、わりぃ」
『うん。あ、でさ、笠松くんさっきの授業途中から手止まってたでしょ?だから、ノート大丈夫かなぁと思って。もしよかったら私のノート見る?』
そう言ってその女子、えっと確か名字だった気がする。名字は俺にノートを差し出してきた。
ここは有り難くノートを借りるべきなんだろうが、俺は非常に迷った。借りるのは別にいい。もう名字がノートを差し出してくれているわけだから。でも返すときはどうすればいい、声をかけなきゃいけないだろ。俺にはそんなスキルない。そもそも今だって結構ヤバい。手汗がすごいし名字の方を全く見れない。下を向いている状態だ。
『笠松くん?』
「っ、…っ!」
顔を上げたら目が合ってしまった。
俺はどうしたらいいんだ。
『えっと、返すときは机に置いてくれればいいから』
「えっ…」
『私が女子だから借りるか迷ってるんでしょ?笠松くんが女子苦手なのはちゃんと知ってるから、無言で返されても愛想悪いとか思わないよ?』
俺の隣は天使だったらしい。今気づいた。世の中にはこんないい女子がいたのか。黄瀬のファンの女子しか見てなかったから女子というものはみんな積極的でうるさくて周りのことをあんまり考えないのかと思ってた。でも違ったんだな。少なくともコイツは違う。
俺は名字に小さくお礼を言ってノートを受け取った。
あ、そーいや消しゴム。ノートのことですっかり忘れてた。
隣を見ると名字は自分の席で本を読んでいる。そーいや名字はいつも自分の席で本を読んでいる気がする。名字の席に他の女子が来ることはあるが名字は自分からは動かない。きっと普通の女子みたいに騒ぐのはあまり好きじゃないんだろう。
ん?つまり、名字が動かないということは……、消しゴム拾えねぇじゃねぇか!
なんてことだ。ノートを貸してくれたのには感謝するが消しゴムの件については別だ。
頼む名字、席を外してくれ。
ノートを写しながらそう願った。しかしそんな願い届くはずもなく、あいかわらず名字は本に夢中だ。
何かいい方法は………、あ、ノートを返すときに手紙を一緒に渡すというのはどうだ。そうすれば名字と話す必要はねぇ。それにその手紙にノートのお礼も書けば完璧じゃねぇか。よし、それでいこう。
次の授業が始まってすぐ、ノートを写し終えた俺は名字への手紙を書き始めた。いや、今の言い方だと少し語弊がある。まだ一文字も書けていない。というかどういう風に書けばいいのか分からない。俺は女子と話すことだけじゃなく、手紙を書くこともできなかったのだ。
こーゆーとき森山とか黄瀬がいれば…。
いつもはウザいだけの二人を思い出す。しかし学年やクラスが違うから二人に助けを求めることはできない。
一人で頑張るか…。
結局手紙を書き終えたのは授業が終わる直前だった。
てかまたノート取ってねぇし。まあいい、あとで男子に借りよう。
一応書いた手紙をもう一度確認する。
”名字へ
ノートありがとう。
それと、一つお願いがあるんだが、お前のイスの下にある消しゴムを取ってくれないか”
よし、たぶん平気だろう。森山あたりに見せたらダメ出しされそうだが、俺の中ではよく書けた方だと思う。
ノートと手紙を渡すために名字の方を向く。名字は本を読んでいて俺がそっちを向いていることには気づいていない。
俺は手を伸ばして名字の机にそれらを置いた。名字はすぐにそれに気が付き、手紙を読み始めた。そしてそれを読み終わると自分のイスの下を覗き込み俺の消しゴムを掴んだ。
俺はその一連の動作をずっと見ていて、名字が顔を上げる瞬間も目を逸らさなかった。必然的に重なる視線。俺はバッと目を逸らした。
『笠松くん、大丈夫?』
「え、あ、う…、あぁ…」
今俺すげぇ変な奴だよな。日本語もまともに話せねぇとか…。
『えっと、消しゴム、これでいいんだよね?』
「お、う」
はい、と消しゴムを差し出され、俺は手を出す。しかしその瞬間名字の手と俺の手が触れてしまった。
「っ!」
『っ、あ、ごめん』
「い、いや…」
みっともねぇ、今森山がいたら完全にバカにされてたな。
『笠松くん、ホントに女子苦手なんだね』
「っ…」
『あ、ごめんね話しかけちゃって。なんかね、笠松くんに手紙もらったの嬉しくて』
「は?」
『ちょっとだけ笠松くんと仲良くなれた気がしたの。あ、この手紙取っておいてもいい?』
「……………あぁ」
俺がそう言うと名字はありがとうとお礼を言って笑った。
『ねぇ、笠松くんは、女子苦手なんだよね?』
「あぁ…」
『じゃあ、嫌いではないってこと?それともこうやって話したりするのは苦痛?」
「いや、苦手、ってだけだ。べ、別に、苦痛では、ない。ただ、緊張して、う、うまく、話せねぇ、から…」
『そっか。じゃあさ、これから私、笠松くんに話しかけてもいい?うなずくだけとか首振るだけでもいいから。ダメかな?』
「いや、それで、いいなら…」
『ホント!?ありがとー!じゃあ今日から私たち友達ね』
「と、とも…!?」
『え、ダメだった?』
「い、いや、そんなことは…」
最初の印象とは大分印象が変わったが名字がいい奴ということに代わりはない。それになぜか俺はもっと名字のことが知りたいと思っている。このよく分からない感情がなんなのか、名字と話してる中で分かればいい、そう思った。
天使に会いました
(あ、もしかして笠松くん英語の教科書忘れた?)
(あぁ)
(じゃあ私の貸してあげる。私は隣の人に見せてもらうから)
(えっ、いや…。名字のを、見せてくれ)
(えっ、席くっつけるけどいいの?)
(名字なら…)