ホットチョコレートホリック 夕闇に包まれた公園。 そんな中に1人佇む、学生服の美形の少年。 目線の先にはゴミ箱。 彼は片手に鞄を持っている。 どこにでもあるナイロン製のスクールバッグ。ストラップは変な顔のウサギ。 鞄を開くと学生が用いる教材などは入っておらず、可愛らしいラッピングが施された甘い香りのチョコレート、クッキー、ケーキ、沢山のお菓子たちが入っている。 これは全て彼を思う女性達からの贈り物。 中には本命が混ざっているだろうが、そんなこと今の彼には興味がなかった。 今日はバレンタイン。 なのに彼は、彼が一番愛している人からチョコレートが貰えなかったのだ。 彼の最も近くにいて彼がこの世の中で誰より…自分自身よりも深く愛を与えていた人に。 彼は考える。 なぜ貰うことが出来なかったのか、 自分のどこがいけないのか、 何が足りないのか、 おれの何が… 「うぅ……」 これ以上考えてはダメだと脳がサイレンを出し、頭痛と吐き気がしてきた。 彼は軽い立ちくらみのする中、そんな思考と愛の塊を鞄ごとゴミ箱へ葬り去った。 既に答えが出ていることに薄々と気付きながら。 「やっと見つかった!」 どこかぼーっとしていた思考が、よく聞きなれた声によって現実世界に戻される。 「…あ、りっちゃん。」 振り返ると、そこには肩で呼吸をする見慣れた黒髪の幼馴染みがいた。 「…はぁはぁ。奏太んちのおばさんが心配してたぞ。」 幼馴染みの吐く息は白く、 今は2月で今日は特に冷え込むとテレビのニュースキャスターが言ってたのを思い出させてくれた。 ところでりっちゃんは何故そんな中、走っていたのだろうか。もしかしておれを探して? 興奮と喜びで口角が上がる。 「おい、奏太。なに俺を見てニヤニヤしてるんだよ」 りっちゃんの顔をまじまじと見つめると、眉間のシワから怒っているのが伺える。可愛らしい顔が勿体ないが、自分のせいだと思うと優越感を感じた。 「おい、話を聞けよ。」 「なぁに?」 「なぁに?じゃないだろ。周りを見ろ。一体何時だと思ってるんだよ。」 言われた通りしぶしぶ辺りを見渡す。 街頭も少なく真っ暗で誰1人いない。 まるで別次元に2人だけぽつんととりこされたみたいだった。 「ふたりきりだね。」 「はぁ?ふたりきりだねじゃねぇよ。もうすぐ9時だよ。」 「9時かぁ。」 「奏太んち門限が7時だろ?俺んち泊めてますって言い訳しといたから怒られないだろうけど、厳しいんだから次からは気を付けろよ。」 「うん。ごめんね。」 「謝んなくていいから。ほら、帰るぞ!!…って、あれ?」 俺の腕を掴かもうとしていたりっちゃんの手は離れ、後ろを指す。 釣られてそちらを見ると、あるのはゴミ箱。 「ん?」 「そのゴミ箱に入ってる鞄…」 ゴミ箱に近付くりっちゃんの後を追う。 入っているのは、どこにでもあるナイロン製のスクールバッグ。 「それがどうしたの?」 「なんか、奏太の持ってるやつに似てるなって。」 「本当だ。」 「開けっぱなしだから中身出ちゃってるじゃん。…って、チョコレート。バレンタインだからって嫌味かよ。」 近くに寄ったことで気付いたが、そのスクールバッグには変な顔をしたウサギのストラップが付いていた。 「…あれ?このストラップ。」 「"ウサミさん"だね。」 「だよな。確か、奏太も好きじゃなかったっけ?」 「そうだけど。」 「……ほんとに奏太のじゃないよな?」 「さぁ?そんなのもうどうでもいいよ。こんな時間だし早く帰ろ。」 「どうでもいいって、お前なぁ…」 目の前の幼馴染みは困り顔を浮かべ、鞄を取ろうとゴミ箱に手を伸ばした。 伸ばした腕を奏太に叩かれる。 「痛っ!」 奏太の整った顔は俺を叩いたことで蒼白し、身体はガチガチと震えだした。 「ごめん。」 「奏太。」 「ごめんなさい。」 「奏太っ!」 「だから叩かないで。」 「叩かないから。」 「捨てないで下さい」 「おい、奏太!」 「ごめんなさいっ、おれが悪いんです。」 「おい。」 「おれが、おれが…ごめんなさい。」 「おいっ!!」 「ご、ごめんなさ…」 「おい、話を聞けっ!!!」 腕を無理矢理引っ張ると、上の空だった瞳が俺を捉える。 「…り、りっちゃん」 俺は酷く怯える表情の奏汰をとりあえず家まで連れて帰えることにした。 俺のベットに腰掛けた奏太。陶器のように白かった肌は徐々に赤みを取り戻してきた。 部屋を温めてよかったとこの時ばかりは思う。 それとお気に入りのマグカップに奏太のお気に入りのホットチョコレートを入れて出してやった。 ミルクとチョコレートを溶かしただけで簡単なものだが、奏太は昔から俺の家に来る度に美味しそうに飲む。 「どう?」 「美味しい。」 「ならよかった。」 「…りっちゃん、ありがとう。」 じろじろと様子を伺っていると、彼はその切れ長の瞳を嬉しそうに細めた。 「で、どうしたの?」 「…な、何が?」 「幼馴染みに隠し事をしても無駄だぞ」 「……」 「またおじさんに殴られたのか?」 「それは違う!」 「でも、見えてないようにしてるつもりだが、傷が増えてるのは服を着ててもわかるぞ。」 「……っ!!」 先程の怯えの原因。奏太は1人っ子なのだが、両親からかなり厳しく育てられてきた。そのため昔から奏太は、失敗を犯すとしつけという名の暴力を振るわれていた。だから俺の手を叩いたことにより、叱られると勘違いしたのだろう。 家が近い俺は小さい頃からよく奏太を泊めていた。初めは奏太の家まで抗議をしに行ったりもしたのだが取り入ってもらえず、警察に通報しようにも奏太が嫌がるためどうにもできない。高校に入っても悪化する一方で救いようがなかった。 俺が唯一差し伸べられるのは彼を家に避難させ、ホットチョコレートを差し出すことだけ。 「本当に大丈夫か?」 「…うん。」 「なら、なんであんなことしたんだ?」 「あんなこと…?」 「折角もらったチョコレートを捨てるぐらい辛いことがあったんだろ?」 俺はそう問いただすと、奏太は苦虫でも噛んだかのような表情をする。 普段は誰にでも同じように優しく接し、誰にでも笑顔を振りまくただの男子高校生。 彼のこんな表情は俺以外は見たことないだろう。 奏太は重々しい口を開く。 「チョコレートが貰えないんだ。」 予想通りのことだった。 奏太の耳が、目元が徐々に赤くなっていく。 「俺ね、ずっと好きな人がいるんだ。」 「へぇ。どんな人?」 「黒髪で俺より背が低くて口が悪いんだけど、優しい人。」 奏太の瞳に射抜かれる。 その中の熱を帯びた感情を俺は知っている。 黒髪。俺は奏太よりも華奢で背が低いし口が悪い。 「……えっと、アタックしてみた?」 「うーん。話しかけてはいるんだけどさ」 「…振り向かないの?」 「うん。こんなにも頑張ってるのに報われないんだ。」 「へぇ…相手のやつかなりの鈍感なんだな。」 「そうだね。」 「告白しないの?」 「へっ!?おれから?」 「うん。折角のバレンタインなんだからさ。」 「…無理だよ。」 「なんで?」 「俺にはそんな資格がないから。」 「そんなことないだろ」 「無いもんはないの。」 俺には自衛心はあるが、彼には自尊心がなかった。 「俺が"女子だったら"奏太に告白されたら嬉しいけどな」 「そうかな?」 「うん。」 「……りっちゃんが女の子ならよかったのに。」 抑揚のない奏太の声が部屋に響く。俺はなんて返せばいいかわからなかった。人の恋に口出しするほど俺は恋をしたことがないし、彼の恋物語の結末にどことなく気づいていたから。 「ふぅ…」 手の中には先程のホットチョコレートの入ってたマグカップ。 中身は飲み終わって空だが、この妙な気分と手持ち無沙汰感が嫌で一口飲んだふりをした。 「美味しい?」 苦いなぁ。 「あ!そういえばおれ、りっちゃんの為に特別なチョコレート買ってきたんだ」 どこに隠し持っていたのだろうか、奏太の手の中には可愛らしくラッピングされた箱。その中にはチョコレート。 先程の会話など素知らぬふりで勢いよく渡されて俺は正直戸惑った。 「食べて。」 「う、うん。」 今日はバレンタイン。 つまりそういうことだろう。 「どう?」 「美味しい。」 「よかった!ボンボン・ショコラって言うんだって。」 「だ、だからか。なんか中に甘い液体が入ってる」 「でしょ?すぐによくなれるよ」 「へ……?」 刹那。 カラダが火照ってくる。熱いのに冷や汗がでる。 部屋の温度のせいだけではない。…これは。 「な…に……?」 「そうだよね。」 「は?」 「おれがりっちゃんを女の子にしてあげればいいんだ。」 「ねぇ、りっちゃん。」耳元でいつもより低い声で囁かれ、カラダが恐怖と"何か"で震える。 「…な、なんだよ。」 「キスしたい。」 「…え。」 「いいじゃん。りっちゃん、いつも喜んでる。」 「…な、なんの…こと…?」 「惚けないでよ。わかってるくせに。 」 わからない。怖い。 一体何の話をしているのだろうか。 俺が奏太とキスをした……????? 「ふふ。可愛い。ねぇ、りっちゃん。おれとキモチイイことし……」 ボトッ。 鈍い音と共にベッドに沈み込む奏太。 数十秒後、目の前のまだ幼い少年は規則正しい寝息を立て始めた。 もしも"自分が女子だったら"奏太が好きだ。 でも現実は男で確かに奏太のことは好きだが、それは奏太が思っているような好きではない。友愛に過ぎない。 だからって無理矢理女の子にするなんて、 それはつまり。 眠っている奏太の頭を撫でると落ち着いたのか、子どもの様に嬉しそうに微笑んだ。 それと反比例して、俺はカラダはものすごく熱く、呼吸が困難で無意識に肩が上下に動く。 彼からの感情に気付いてしまった時から俺は、奏太の飲むホットチョコレートには必ず睡眠薬を入れていた。いつかこんな日が来るだろうとわかってたから。 俺は静かに部屋を出る。 そして廊下の片隅に置いておいたゴミ箱に顔を近付かせ、そっと嘔吐した。 キスの次は…… 既に答えが出ていること気付きながら、俺はゴミ箱へ葬り去ったのだった。 −−−−−−−−−−−−−−−−− バレンタインに投稿するつもりでした。 → |