過去企画 | ナノ


三十万記念
リクエスト:櫂とつぐみで甘め、イチャイチャ
※櫂三年生、つぐみ二年生

***

「櫂先輩!」

「うっ、」

「会いたかったです」

三泊四日の修学旅行は定番の沖縄だった。問題児が多いうちの学校では、すぐに修学旅行参加禁止令が出る。だから、最終的に沖縄へ行けるのは学年の半数ほどだ。残りの半数は普通に学校にきて、普通に授業を受けることになる。
つぐみは一年の途中からの積立てだったけれど、問題を起こすこともなかったため何の障害もなく無事沖縄へ飛び立ち、四日目の今日帰ってきた。

「にしても帰ってくるの早いよね。まだ三時だよ。僕らの時は日が暮れてからだったのにね」

「それは途中でバスパンクさせられた俺たちのバスだけだ」

「まあそれも思い出だよね、糸井もちゃんと楽しめた?」

三泊分の荷物とおそらくお土産が詰め込まれたスーツケースを傍らに、俺の胸に顔を押し付けていたつぐみはそっと顔を上げて隣にいたなりを見た。

「楽しかったです」

「そう、良かった」

「でも、櫂先輩も一緒だったら良かったのに」

「はは、そうだね。学年が違うとこういう時寂しいよね、分かる分かる。僕も関谷と行きたかったし、待ってるの寂しかった」

「キモいこと言うなバーカ!」

「もー、ツンデレなんだから」

三時くらいに到着した二年生は少し話をして、ちょうど俺たちが帰る頃に解散になったらしく校門で捕まった。それぞれ迎えや電車を待っている沖縄の匂いがする後輩を横目に、つぐみの頭を撫でるとすり寄ってくるみたいに頭が揺れた。

「せきやん、おかえり」

「っ、普通に呼べ馬鹿なり」

「じゃ成一って呼んで」

「絶対やだ」

「じゃあ僕もやめない」

くそほどどうでもいいやりとりだけど、なりも寂しかったのは事実だろう。つぐみたち二年生が修学旅行に行っている間も、なりは変わらず生徒会の仕事をしていたし、前期が終わるまでのあと少し、いろいろとやることがあって忙しいんだと口にしていた。一体誰がこんな学校の生徒会を引き継ぐというのか、それについては触れなかったけれど。それでも関谷に会いたいなと盛大な独り言を呟いていた。

「帰るか」

「はい」

「えっ俺も帰る!」

「関谷はお迎え来るんでしょ?僕も一緒に待ってるね」

「はあ?いらねーって」

関谷も何だかんだと言いながら寂しかったんだろうし、口で言うほど顔は嫌がっていない。俺はつぐみの鞄を自転車のかごに入れてやり、歩いて学校を出た。さすがにキャリーバッグを自転車に積んで二人乗りで帰るのは無理だ。迎えは来ないから自分で歩いて帰ると聞いていたし、徒歩数分だしまあいいかと、つぐみの土産話を聞きながらゆっくり進んだ。

「それで、関谷くんが」

自分も去年全く同じ場所へ行ったなとか、でもこんなに楽しそうに話されるほど楽しかったのかなとか、そんなことを考えていたらすぐにつぐみの家に着いた。自転車を止めて荷物を運ぶのを手伝ったら「お土産届いたら渡しますね」と、笑顔で言われ、そういえばと思った。つぐみの父親はすごい量の荷物を送ってくる人で、つぐみもその血を受け継いでいるんだった。今の時点でも充分旅行帰り感はあるものの、それ以上のものが後日届くのかと思うとさすがだと言うしかない。

「櫂先輩?」

「あ?」

「あがらない、ですか?」

「え、あー……」

玄関まで鞄を運んだから、もう体は糸井家に踏み入っている。今日バイトは入っていないと昨日メールで返した。つぐみは家に上がろうとしない俺の手をやんわりととった。別に嫌な訳じゃない。むしろこんな風に手を握られては振り払うなんて出来ないし、拒否する理由もない。が、なんというか…頬を赤らめて視線を泳がせるつぐみに、俺のいろいろが耐えられる自信がない。ここまでつぐみの下心が丸見えなら、耐える必要もないのかもしれないけれど。
決して中へ導こうとはしない白い手を握り返し、靴を脱ぐと「どうぞ」と小さな声が玄関に響いた。

「あ、お菓子なら鞄に入ってるんで…お茶いれますね」

つぐみが帰ってこなければ、この家は静かで暗い。たまに帰ってくる母親も、あまり“生活”しているわけではない。だからか、四日間無人だった家の中は妙にひんやりしていて寂れているように感じた。そんなキッチンでポットにお湯を入れ、鞄を開いて洗濯とお土産を分け始めたつぐみを手伝う。三泊分の洗濯物は、けれど制服だからわりと少ない。シャツと下着と靴下。それから寝巻きにしたスエットの上下くらいだ。それを選別して沖縄名物のお菓子といれたての紅茶を手につぐみの部屋へあがった。
少しずつ生活感のある部屋へ近づき、今では充分な家具と物があるそこ。カーペットに座ると少しの距離を保ってつぐみが隣に腰をおろした。

「関谷くん、なんだかんだなりなり会長のこと、考えてましたよ」

「明日なりに教えてやったら」

「怒られそうだなあ」

パサついた菓子を紅茶で流し込む間も、つぐみは楽しそうにいろんな話をしてくれた。うちの学校でここまで修学旅行を楽しんだ生徒は他にいないだろう。教師たちもこれを目の当たりにしたら嬉し泣きするかもしれない。
にこにこと喋り続ける口元に付いた菓子を指でとってやりながら「ああ関谷は怒りそう」と同意すると、ぱっと口を半開きにしたままつぐみは停止した。え、と俺も手を止めると、触れていた頬の色が急速に赤く染まっていった。

「あ、えっと…なんだっけ、その…」

「つぐみ、」

「っ、ごめんなさい、なんか…」

「ドキドキして」と目を伏せたつぐみに、ああ、良く喋っていたのは照れ隠しみたいなものだったんだろうかと気付いて顎を掬うと、玄関で見たのと同じ顔をしていて。会っていない間、特にメールや電話をしていたわけではない。昨日の夜少しやりとりをしたくらいで、その辺はやっぱり男っぽいなと思った。絵文字や写真つきでもない、普通のメールだ。
これだけ楽しんでいるなら特段寂しさにうちひしがれてもいないだろうなと、勝手に思っていたけれど。

「会いたかったです、櫂先輩」

「そう」

「触っても、良いですか」

「なに今さら」

「だって、なんか、久しぶりに会ったみたいで、緊張して…でも、帰ってほしくないし、ごめんなさい」

謝ることじゃないのに、と少し笑いを漏らすと潤んだ瞳が不安げに揺れた。そのまま顔を寄せるときゅっとその目は閉ざされてくっと自ら顎をあげる。俺、この顔に弱いなと、キスを待つ顔にふと思った。最初こそ疑ったものの、つぐみはどこを切り取ってもきちんと男だ。その男のキス待ち顔に理性を揺さぶられるなんて。

「か、い…」

「ん?」

うっすら、目を開けてもう少し顎を上げたつぐみは僅かに擦れた唇を捕まえるみたいに俺の肩に手をおいてそのまま膝立ちになった。そのまま距離を埋めるようににじり寄ってきて、「かいせんぱい」と熱っぽい声で呟く。

「楽しかったです、四日間。だけど、ずっと櫂先輩のこと考えてました。バイトかなとか、誰と帰ってるのかなとか。櫂先輩も、少しは寂しいのかな、とか」

言葉で答える代わりに唇を寄せるとちゃんと答えてと言うように口に手を当てられた。少し会わない間に天使が小悪魔になってしまった、なんて一瞬でも考え自分が恥ずかしい。

「重くて、ごめんなさい」

「いいよ、別に」

そう言うと、つぐみは不格好に抱きついてきて今度はキスを促すみたいに俺の頬にむにむにと唇を押し付けた。キスしたい、でも俺からしてほしい、でも寂しかったとか会いたかったとか言ってほしい、でも言わせたい訳じゃない、そんないろんな葛藤を感じながら顔を傾けて唇をあわせると、湿ったそれはすぐに俺を中へと誘い込んだ。

「んっ、」

「つぐ─」

「かい、せんぱ…」

拙いキスをそれでも懸命にしてくれるつぐみに、なんとなく、今日はこれ以上意地の悪いことはしないでおこうという気分になった。
自分より華奢な体へ腕をまわし、抱き寄せて自分の足の上へ乗せる。密着した体に、その熱に、自分も会わない間につぐみのこと考えてたよなとか、俺を見るなり会いたかったと駆け寄ってきてくれたの嬉しかったよなとか、そんなことを思った。
紅茶の味がするキスは緩やかに熱度をあげていく。濡れた唇を丁寧に舌でなぞろうとするのを掴まえて吸い付くと、「あっ」と切な気な声が漏らされた。その声が体の奥をじんとさせるのも、柔らかい唇の感覚がたまらなく気持ちいいのも、きっと答えは一つで。でも、今それを口にしたって、欲情しきってしまったつぐみには届かないだろう。浅いところでドキドキさせるよりは、その一言でこういう風になるのが見たいなと、変態じみたことを考えた。

「暑…」

「う、わ…すみません、退きます」

「満足した?」

「え…はい、あ、いや、」

「どっちだよ」

真っ赤な顔を俯かせた隙にネクタイをほどき、シャツのボタンを外してやると僅かに震えた手が俺の手を遮るように、自らそれを剥いだ。下に着ていた沖縄Tシャツが妙に間抜けで、クツクツと喉が鳴った。

「あっ、これ、櫂先輩にも、買ってきました」

「えっ」

「楽しみにしててください」

「…ああ」

そんなTシャツを男前に脱ぎ捨て、俺の制服に手を掛けたつぐみ。床に押し倒されたのは俺で、欲に濡れた目で見下ろされているのも俺。口元を緩めるとそこにキスが落ちてきて、熱を帯びた体は静かに重なった。

三泊四日の空白に、この先どうしたものかなと不安になりつつ今はこの幸福に溺れていようと思った。ただ、つぐみがこんな風になる姿を見れるのは悪くないし、その分余計に燃える気持ちも分からなくはないからまあいいかなと、俺もつぐみに大概甘い。

「会いたかった」と、どろどろになったつぐみに、後から言ってやろうと決めて乗っかる体を抱き締めた。

空白熱情


後日、お土産は無事に届いた。段ボール三箱分の、高校生の修学旅行のお土産にしては多すぎる量のそれに、俺は思わず笑ってしまった。あの沖縄Tシャツもしっかり届き、仕方なく、たまに着てやろうかなと思った。






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