過去企画 | ナノ


三十万記念
リクエスト:蓮の嫉妬、 虎の溺愛っぷり、喧嘩っぽいの

***

蓮が珍しく、不機嫌だ。

そ ん な 日

いつも通り一緒に登校して授業を受け、弁当を食べて午後を乗りきった。帰りは委員会の仕事がなくなり、図書当番の為に図書室に向かうことのなくなった蓮と本屋に寄った。欲しいものだけ買ってくるから待っててと、店の入り口で数分待ち、戻ってきた蓮は不機嫌になっていた。目当てのものがなかったのかと一瞬思ったものの、それくらいで気分を悪くしたところは見たことがないし、蓮の手にはしっかり本の入った袋がぶらさがっていた。

「…蓮」

「ん?」

「…何でもない」

そもそも、“不機嫌”と言えるほどではないかもしれない。ほとんど顔にはでないし、よっぽどのことでない限り不満を口にしたりもしない。だから本当になんとなく、だ。何?と小さく首をかしげる顔からも、そんな様子は伺えない。いや、もっと言えばもしかして機嫌が悪くなったのは今じゃないのかもしれない。学校で一緒に居たと言っても、ずっと蓮の顔を見ていたわけじゃないし。あれ、そう考えるとどこに原因があったのか余計に分からない。

「虎?どうかした?」

「…別に」

眉間にシワ寄ってるよと苦笑いを溢した蓮を横目に、家につくまで考えたけれど結局分からなかった。そのままそれぞれの家に入り、着替えを済ませて蓮の家に上がり込むと少し驚いたように目を見開かれた。

「なに?」

「え、いや…来ないかと思ったから」

いつもそうなのに。特に約束もしないでどちらかが相手の家に行く。行くと言うときもあれば雰囲気で待っているときもある。今までそれで困ったことは一度もないけれど、驚かれたのも初めてだ。それでも蓮はてきぱきと二人分のお茶を用意し、部屋へあげてくれた。
不機嫌だと感じていた数分前の空気はもうどこにもなくて、一体なんだったんだろうと一人首を傾げてしまった。最初から気のせいだったんだろうか─

『ヴーヴー…』

「虎、携帯」

「俺?」

「鳴ってない?」

きちんと整頓された蓮の部屋、震えていたのはテーブルの下に投げ出された自分の携帯で。普段ほとんど鳴らないそれを手に取ると、中学の時の友人の名前が表示されていた。一体何の用だろうと出るのを躊躇う俺に出ないのかと蓮が問う。仕方なく通話ボタンを押すと「お前今どこ!?」と、俺が「なに?」の二文字を言うより先に怒鳴る声が電話越しに響いた。隣に座る蓮にも聞こえていたらしく、驚いたように肩を竦めたのが視界の端で確認できた。

「家」

「はあ!?お前、今日カラオケって言ってあったじゃん」

「は?聞いてない」

「メール見ろメール!つーか、はあ…お前目当てで来た女子どうすんの、これじゃ始まる前にお開きじゃん」

そんなに大きな声を出さなくても聞こえている。けれど、大きな声を出させているのは自分か、と諦めて電話を繋げたままメール画面を開くと、二日前の日付で深夜一時に通話相手の名前でメールが届いていた。日常的にメールなんてしないし、全然気にも留めなかったけれど、そこには確かに今日のことを誘う内容が記されていた。

「……行かない」

「はあ!?まじでふざけんなって、ちょっと待っててやるからすぐ来いって」

その文章に対して笑った顔の絵文字一つで返信している。たぶん、寝ぼけて開いて、適当にタッチしたところにその顔文字があったんだろう。本当に全く覚えていない。というか、これ一つで参加する、と捉える相手も相手だ。

「蓮も一緒なら二人でいいから!頼む、一生のお願い」

どうしてそこまで、と聞くのも面倒で無理だと告げると迎えに行くからと一方的に通話は途絶えてしまった。

「迎えに来るって?」

「行かない」

「行ってきたらいいのに」

「は?」

他人事みたいに、と蓮を見ると発言とは裏腹に少し情けない顔をしていた。

「蓮、」

蓮は誤魔化すようにテレビをつけ、録画しておいた映画でも見るかとリモコンを握った。その手を捕まえてこっちを向かせるとやっぱり微妙な顔。

「何かあった?」

「え?」

「そういう顔してる」

「…何も。ほら、これ、虎も見たいって─」

「蓮」

「、」

だから視線をそらすなと、今度は顎を掴む。これは、不機嫌とは少し違ったかもしれない。

「何」

「何でもないよ」

「何かあるなら言えって」

『虎のこと紹介して欲しいって子がいるから、今週の金曜日一緒にカラオケ行こ!駅前の赤いとこで、四時半集合!来れる?てか来て!』そのメールの一字一句、まるで記憶にない。そんな俺を責めるみたいに、蓮が躊躇いながら言葉を溢した。

「虎を、紹介してもらうって」

「は?」

「さっき本屋で…」

“あさみ、虎くん紹介してもらうらしいよ”
“えっ、そうなの?”
“今日カラオケ行くって。ほら、三組の建ちゃん中学同じで仲良いじゃん、だからあさみ相当頼み込んだみたい”
“なんであさみだけ?ちょっとずるくない?”
“建ちゃんあさみの友達にぞっこんらしくて、それに協力するからって”
“なにそれ〜建ちゃんちょろすぎだよ”
レジ近くの写真集があるコーナーの前。楽しそうに喋る声は聞くつもりがなくても耳に入ったと、蓮はどこか申し訳なさそうに言った。

「は?それで、俺が行くと思ったわけ?」

「そういうわけじゃないけど、驚いて」

それで本屋から出てきたときなんとなく変だったのか。いやでも、そんなことを蓮が気にするとは思えない。横から聞こえる夕方のニュースの声を聞き流しながらじっと見つめると、蓮はごめんと呟いて目を伏せた。

「自分の知らないところで虎が虎に好意持ってる子と過ごすのかって考えたら、なんかすごい不安になって。その、疑ったりとか、そういうことじゃなくて」

「…蓮、」

「もちろん、だからって良い気はしない、けど。あとね、自信あったんだ。僕が一番虎と一緒にいるって」

「だから、なんだろう…嫉妬、なのかな」と続けられた言葉。メールの送り主である“建ちゃん”はもちろん蓮とも仲が良いし、むしろ蓮の方が親しいくらいじゃないだろうか。けれど何も聞いていなかった、それが面白くない、ということか、蓮はごめんねと伏せた目を細めた。謝られるようなことはされていないし、蓮がそういうことでこんな顔をするなんて滅多にない。というか本当にほとんどない。むしろこっちが謝りたいくらいだ。
掴んでいた顎を持ち上げ、視線を合わせると形の良い目に自分が映る。行くつもりなんてないと、言おうとしたところでインターホンが鳴り響いた。

「……」

「…迎えに来たね」

蓮の家までかよと言おうとして、確かに俺の家が無人だと気づいたら隣の蓮のところかも、と思うのは自然なことだと気づく。しかも家に居ると言ってしまっているし、今更まだ帰っていないと言うのも嘘がバレバレでダメだろう。
窓から下を見ると、数ヶ月ぶりに見る友人の姿。ピンポンピンポンと連打されるインターホンに加え、再び携帯が振動した。絶対出てやるもんかと思いつつ、諦める気配のないそれに仕方なく手を伸ばす。

「もしもし!?」

「声でかい、聞こえてる」

「今お前の家の前なんだけど!何、早く出てこい!」

もう少し静かに喋れと伝えてもまるで聞こえていないみたいに大きな声が返ってくる。少し蓮から離れようと腰をあげ、それでも外から見えないように動くと緩やかに蓮の手がのびてきた。

「だから─」

その手は俺の服の裾を遠慮がちに捕まえた。それに対して、あっ、と声を漏らしたのは蓮の方だった。

「え、」

「ごめ…」

パッと離された手を目で追いながら、「悪いけど熱あるし無理」と告げて再び腰を下ろす。

「はあ!?」

それから、付き合ってる人居るって言っといて、と付け加えて強引に電話を切り、そのままサイレントモードにする。もう本当に無視すると決め込み、スローモーションで離れていった蓮の手を捕まえた。

「と─」

滑らかで綺麗な、けれど男の硬さを持った指を絡めとり、指先で蓮の手の甲を撫でるとぴくりと肩を揺らして目が見開かれた。

「ごめん、引き止めて…」

「だから、行かないって」

「でも虎、こういうの嫌いでしょ」

「は?」

こういうの。こういう、嫉妬とか面倒くさいでしょ、なんて。俺は掴んだ手を自分に引き寄せ、「確かに」と呟いた。確かに蓮の言う通り、そういう感情を向けられるのは面倒だし鬱陶しい。ただ、過去付き合ったと言える相手は居ない。つまり、そういう存在でない相手に言われることが面倒だったのだ。だからそういう子とは関係を持たないように気を付けた。蓮はそれを知っているからこんなにも申し訳なさそうな顔をしているらしい。
それに対し、やっぱり悪いのは俺じゃないかとため息を落とした。

「…じゃあ、行ってくる」

「うん、」

「…馬鹿。ここ、今のやつもう一回やるとこ」

行ってくると言った瞬間離れそうになった蓮の手をしっかり掴んでそう告げると、蓮は少し眉を下げて口元を緩めた。
もう一度同じことはしてくれないし、「行かないで」とも決して言わない。それでもそう思う人間らしさみたいなものを蓮が滲ませたことが嬉しいのは、絶対に埋まらないと思っていた溝がそれでも少しずつ小さくなっているのだと思えたからだ。

「蓮の言う通りだけど、蓮に対しては思ってない」

「え、」

「面倒とか、鬱陶しいとか」

「虎が?」

「何、俺のことなんだと思ってるんだよ。まだ足りないわけ?」

「そういうことじゃなくて」

「悪くないなって思う。蓮がこうやって引きとめてくれんのとか、そういうこと言うの」

じわりと頬を赤くした蓮はやっぱりもう絶対しないし言わないと決めたように唇を噛んだ。

「蓮が俺のことでそうやって不満な顔したり、考え込んだりするのも全部」

「も、とら─」

可愛い。
蓮が俺のことを好きでいてくれて、俺のことを考えて不機嫌になったり、嫉妬してごめんなんて言ったり、そんな日が来るなんて思いもしなかったんだから。自分ばかりが蓮を好きで嫉妬なんて可愛いものじゃない、強引な独占欲で繋ぎ止めていたことを考えれば。
蓮に張り付いたお人好し面を剥がせるのは自分だけで、俺はそれだけでも嬉しい。けれど蓮は自分の中にそんな醜い感情があることに戸惑うのだろう。やんわりと蓮の額に唇を押し付けると、一瞬小さく肩を揺らしてゆるゆると顎をあげた。

「じゃあ、一つ、我が儘言って良い?」

「なに」

ん、とほんの少し唇を突き出した蓮は、今まで見てきたどの顔とも違う表情だった。これは我が儘を“言う”といえるようなものじゃないし、これが我が儘に入るなら俺はどうなるのか。

「言わないとわからねえって」

「じゃあいい」

「……」

「何」

「別に」

「…リモコンとって」

この態度が渾身の拗ねか。思わず緩む頬をそのままに、ねだられたキスを落とす。ふにゃりと重なった唇が、お互いに吸い付くみたいにくっついてひどく心地よかった。目を伏せた蓮を見つめれば、ゆっくりその目が俺を見て細められる。背中に回された蓮の手が肩甲骨辺りでシャツを握り、ぐっと胸と胸が重なった。

「機嫌は?」

「…最初から悪くないよ」

「あ、っそ」

「でも、ごめん」

「だから、」

「ううん。ちゃんと言えなくて」

柔らかく微笑む蓮に、その顔に弱い自分が憎たらしくなった。これ以上どこをどう好きになればいいのか分からないのに、それでもまだもっと好きになるんだから本当に怖い。蓮にもそういう感覚があったらいいのに、それを知る術はきっとない。それでも今日のことはやっぱり一つ大きな変化だから、俺は大事に大事に胸にしまっておく。

「あと、」

「ん?」

「足りないよ。全然」

「はあ?」

「僕に比べたら、全然足りないよ」

何がと問うより先に、微笑む蓮がその口を塞ぐ。いつの間にか鳴りやんだインターホンの音。チカチカと光っていた携帯も気配を消していてる。一瞬頭の隅でそんなことを考えたけれど、すぐに目の前の蓮にかき消されてしまった。きっとあとからフォローを入れるのは蓮で、俺は嫌な奴扱いをされるんだろう。もうそれで構わないし気にもしない。ただ、蓮の意識が低いのは気に食わなくて、「それ俺の台詞」と言い返した声は低く掠れてしまった。

「どうしたら伝わるかな」

もういつも通りの蓮だ。
いや、いつもより少し浮かれているようにも思える。少し無邪気な、そんな。やわやわと戯れるように重なる唇がいつもより熱くて無性にドキドキした。

「なんか、ドキドキしてる」

そんな日。

(ドキドキしてるなんて言葉に出来てしまうくせに、どうしてやきもちの一つ口に出来ないのか。そこも含めて愛しいと思う自分は、きっと一生蓮には敵わないのだけれど)







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