過去企画 | ナノ

三十万記念
リクエスト:虎蓮高校生、後輩と先輩、蓮くん片想い
※TigerxLotusパロディ

***
一目惚れをした。

たぶん誰が見ても「格好良い」と振り返るような、そんな人に。

「蓮さん」

きっかけはバイトだった。四月、新しいバイトだと紹介されたのが彼。いくつもある大手の本屋や古本屋、チェーンのレンタルショップ店が立ち並ぶ駅前の、その中でも目立たない小さな個人経営の本屋にやってきた彼は目を疑うほどの男前だった。そこでバイトしている身として言える立場ではないけれど、どうしてわざわざこの古びた本屋をバイト先に選んだのか、疑問を浮かべたのは彼に落ちてからだった。

「段ボール裏置いてきます」

「ありがとう、お願い」

背が高くて、顔が整っていて、この四月から高校生になったばかりというには不釣り合いな彼に、けれど僕はどうして好きになったのかよく分からなかった。女の子としか付き合ったことはなく、そもそも同性を恋愛の対象として見たことだってなかったのに。おまけに言えば、“一目惚れ”ほど無責任なものはないと思っていた。見た目だけで好きになることを否定するつもりはない。それでも、一人の人間を好きだと言い切る理由にはとても無責任な気がしていたのだ。
そう考えていた自分が、彼に一目惚れをして一ヶ月。

「虎くーん、ちょっとそこの上のファイルとってくれる?」

「これですか」

「そうそれ、ありがと〜」

「あ、店員さん」

「はい」

「この本探してるんですけど…」

五月の連休が明け晴れの日が続く。店内は吹き抜ける風で心地よい空間だ。もう桜の花びらは舞い込んでこないけれど、抜けるような青空をガラスのドアから眺めることができる。そんな清々しさと同じように、僕は一目惚れを立派に片想いへ育ててしまっている。
変わったことといえば、彼目当てでお店にやって来るお客さんが増えたこと。それから、彼が僕と同じ高校に入学してきて、学校でとても騒がれていること。僕の一目惚れなど誰一人、気にしないくらいにはモテている。

「戻りました」

「あ、うん、ありがとう」

近くで見ると本当に驚くほど格好良い彼は、けれど美少年というよりは男前という表現の方が近いだろう。独特の色気やクールな雰囲気がそう見せている。背が高いし、華奢でもない。それから、落ち着いた声や喋り方も原因だろう。正直、彼を初めて見たときすごくドキドキした。こんなに格好良いと思った人は他にいないし、人気のアイドルや俳優より、僕には素敵に見えた。その衝撃は他にないくらいのもので、まさにそれが“一目惚れ”だったのだ。

「あ、虎くん、そこ」

「はい?」

「腕、切れてる」

捲ったシャツの袖から覗く腕に、段ボールで切ったであろう細い切り傷がちらりと見えた。一瞬躊躇ってから、ここ、と触れた自分の手は僅かに震えていて、バレないようすぐに離した。

「段ボールで切れたんだね。ちょっと待ってて、消毒と絆創膏持ってくる」

「これくらい大丈夫です」

「でも血が出てるから」

ね、と諭すように言えば、形の良い眉が諦めたように少し下がり、「はい」と答えてくれた。学校で話すことは少なく、すれ違えば挨拶をして、離れたところで目が合えば頭を下げあったり、その程度の関係だ。それでも店まで何度か一緒に肩を並べたことはある。それからバイト中はよく言葉を交わす。そんな中で知ったのは、好きなもの嫌いなもの苦手なこと得意なこと。彼は見た目通り無口であまり抑揚のない喋り方をするけれど、問いかければ答えてくれるし問い返してもくれること。地元は何処だとか、好きな映画は何だとか。学校で騒がれてはいるけれど、本人は全然相手にしていないこと。
そんな虎くんの低くて心地よく響く声が僕にだけ向けられている僅かな時間は、とても不思議なものだった。僕らだけの秘密みたいな、そんな。

「腕貸して」

「はい」

「僕もたまに切るけど、これ地味に痛いよね」

紙で指を切るのも相当痛い。ほんの少しの傷なのにねと呟くとそうですねと小馬鹿にしたような声が降ってきた。

「はい、出来た」

「…ありがとうございます」

どういたしましてと顔をあげるとばちりと目が合う。いつもそうだ。どうしても虎くんを見てしまう。凝視して「何ですか」と言われることが多い。何でもない、綺麗な顔だな、格好良いな、そう思って見ているだけだけど、それを答える前に「何か付いてます?」と言われ、首を横に振った。

「あ…ううん、ごめん。置いてくるね、救急箱」

校舎で、グランドで、どこでも彼を見つけたらその姿を追ってしまうし、隣に居ればどうしても目を逸らせなくなる。
たぶんそれこそ、“恋”なんだろう。

「あ、イケメン」

「……ほんとだ」

部活やバイト、それぞれの場所へ向かう生徒の波が去った後。静かな廊下から見える中庭を指差され、見慣れた虎くんの姿が確認できた。その正面には女の子がいて、もしかしなくても告白現場だろうなと、すぐに気付く。

「相変わらず腹立つくらいイケメンだよな〜…あ、そういえば蓮さ、仲良いよな」

「そうかな?」

「良いだろ、イケメンから挨拶してくるし、たまに一緒に帰ってるじゃん。同中だっけ?」

「違うよ。バイトが同じで」

「はっ、え、まじ?アイツあの本屋でバイトしてんの?」

「うん」

「意外。てか、初耳なんだけど」

「言わなかったっけ?」

「聞いてない。なに、真面目にやってんの?なんか全然想像つかないけど」

「真面目だし仕事早いし、助かってるよ」

忙しいお店ではないけれど、こじんまりとしているのに本がぎっしり詰まっていて、けれど綺麗に陳列してある店内に、本の匂い、僕はそこがとても好きだ。それから店長も好き。そんな僕でさえ同じ疑問を抱いたのだから、やっぱり誰から見ても意外なんだろう。

「でもさ、あのイケメン顔は良いけど愛想悪いじゃん、接客出来てんの?」

「まあ、普通に」

「あ、アイツのえげつない告白の断り方知ってる?無理、の一言。やっぱモテる奴は違うよな〜三年のめっちゃ美人の先輩もそれでふられたらしいよ」

「そうなんだ…」

「いや、もっと興味持てよ」

興味ならある。というか好きだ。

「彼女居んのかな。居そうだな。年上のお姉さんとか」

「どうだろうね。それより、時間良いの?今日の部活先輩最後だから早めに集合って言ってなかった?」

「あっ!やばい!!行くわ、じゃあな」

好きなんだから気にしてる。でも、好きだという気持ちが大きくなる一方、それを隠すスキルばかりが身に付いて先輩後輩以上にはなれない。それでも僕は彼と“付き合いたい”と思っているんだろうか。自分でも分からない。今の、この微妙な距離が心地良いのは確かで、それを簡単に捨てられないのも事実。だけど、じゃあ彼には恋人がいるとしたら…ダメだ、それはショックだ。ものすごく。だったら自分が、と思うのもまた事実。
バイトの合間で話した、好きなもの嫌いなもの苦手なこと得意なこと、一つ一つ知ったことの中に、“付き合っている人”はない。そういえば知らない。そういう話はしたことがない。あのイケメンの横にはどんな女の人が似合うんだろう。華奢な可愛らしい子が似合うかな、いやスタイルの良い美人だろうか。

気持ちの良い風が吹き抜ける廊下を進み、もう一度中庭へ視線を落とす。そこにはもう虎くんは居なくて、女の子が一人目元をカーディガンの袖で拭いながら歩き出したところだった。
あの子も、無理の一言でふられたんだろうか。少しの安堵の下に、隠しきれない不安みたいなものが生まれた。

「…あれ」

「あ、」

「今、帰り?」

「はい。蓮さん、バイトですよね」

昇降口を出たところ。頷いた僕に、虎くんは特に何か言うわけでもなく肩を並べて歩き出した。歩き出してすぐ「見ました?」と問われ、僕は自転車のかごに鞄を押し込みながら、えっ、と気の抜けた声を出してしまった。

「さっき、上から」

「あー…見た、けど、話は聞いてないよ」

「下からも見えました」

「ごめん、見るつもりじゃなかったんだけど。ほら、目立つから、虎くん」

「…別に、いいです」

気にするなと言いたげな目に口をつぐむと「ああいうの、嫌い」と少し小さな声が返ってきた。

「…そっか」

ちくりと、胸が痛む。あのイケメンは無理の一言で相手を遠ざける。そう聞いただけに、なんというか…本当だったんだとショックを受けたのかもしれない。
気がない相手ならスパッと断る方が良いだろう。でも、その人を好きになるかならないかは分からない。だから勿体無い、とは少し違うけれどなんとも言えない変な感じがした。それじゃあと、相手に流されて彼が誰かと付き合っているとしたら、それはそれで何だか悲しい。

「…何すか」

「んー?」

「俺の顔何か変?蓮さんよく見てますけど」

「え、そう?」

「はい」

「ふふ、なんだろうね。格好良いなと思って見てるだけなんだけど。ごめん、そんなに見てた?」

見てる気がすると言う彼に、それ以上追及されないように自転車をこぎ出す。何か言いたげに口を開いた虎くんを横目に、僕が先に声を発した。

「虎くんさ、付き合ってる人いるの?」

「はい?」

「ごめん、急に。居るのかなって」

「居ません。居たこともないです」

「ええっ!?」

「そんなに驚くことですか」

驚かない人はいないだろう。もちろん、付き合ったことがない高校生に驚いた訳じゃない。虎くんだからだ。ならば、すべての告白を断る上に、自分からもいかないということか…横顔を盗み見ながら、ああ、こうやって見つめていると目が離せなくなるから、彼も気にしてしまうのか。気付いて目を逸らすと、「蓮さんは」と予想外な質問をされた。

「居ないよ」

「そうですか」

「どういう子が好きとか、あるの」

「…どういう?」

何だか違う。言葉にしてしまうと。どんな子がタイプなの?なんて、そうじゃない。僕が聞きたいのは、彼が人のどういうところを見ているのかとか、何が良いと思うのか、ここまで格好良い人はどんなことを考えて人と接しているのかとか、そういうことなのに…それをどう問うたら良いのか分からなくて首を傾げた。

「蓮さんは?俺はそういうの、分からないんで。だから蓮さんは?」

「え、っと…何だろう、あんまり考えたことない、かも」

射抜くような視線に気まずくなって自転車をこぐスピードが上がる。そもそも、語れるほどの経験がある訳じゃない。それに、こんなにモテる彼にそういうことを言うのはひどく滑稽に思えた。駅に続く道を途中で右折してすぐ、店の駐輪場がある。そこに二人で自転車を停め、裏口から店内へ入った。

「俺、蓮さんみたいな人、良いなって思います」

中で鞄をおろし、ブレザーを脱いでエプロンをつける。そのあとレジで本を読む店長に声をかけてタイムカードを押す。虎くんのその動作を目で追っていた僕に、唐突に向けられた言葉だった。

「えっ」

「なんとなく。全体的に。雰囲気とか、仕草とか、あと内面も」

「…え、あ、ありがとう。でも、そういうこと簡単に言っちゃだめだよ」

「初めて言いました」

これは…天然なのか…まるで恥ずかしげもなく、真っ直ぐに言う彼が直視できなくて、こういう人が何を考えているのかなんて到底分からないけれど、ドキドキしている僕はやっぱり、とても平凡なんだろうと思った。

「蓮さん?」

「、ん?」

「顔…」

赤いですけど、と近づいてきた大きな手がゆっくり僕の頬を撫でた。あ、やばいなと思ったときにはもう遅く、ぱっと反射的に顔を離してしまった。意識しすぎだとバレただろうか。あからさますぎた、と離れた手に背を向けた。

「ごめん、平気」

バイトが始まってしまえば落ち着くはずなのに、目はずっと虎くんを追っていた。これはもうやばいなと何度目を逸らしたか分からない。
黙々と仕事をこなし、接客をして、本当にてきぱきと動く彼に、ぼんやりと“告白”という文字が浮かんだ。僕が彼に好きだと告げたら…僕も例に倣って「無理」の一言で突き放されるんだろうか。彼を困らせて、せっかく仲良くなったのにもう喋ったり一緒に帰ったりが出来なくなるんだろうか。胸が痛んだのは、自分も彼に対して疚しい気持ちを抱いていて、それを告白する前に叩き落とされた気がしたからか…ぼんやりと、浮かんでは消えるそんな一つ一つのことに気をとられて、全然集中出来なかった。

「…れんくん、」

手元の台帳に視線を落としたきり、肘をついてこめかみを中指で押さえたままの体勢で目を閉じた僕に、店長の声が聞こえたのはそれから随分経ってからだった。

「はい」

「大丈夫?具合悪い?」

「あ、いえ、すみません」

「そう、じゃあいいけど…僕ちょっと出るから、店番よろしくね」

「はい、気をつけて」

老いた店長の、けれどすっと伸びた綺麗な背中を見送ってから店内を改めて見渡すと、ここ最近では珍しく若い子はおらず、常連の老夫婦が一組と、仕事帰りであろうサラリーマンが一人居るだけだった。

これはこれで暇だなと、立ち読みで乱れた本を陳列し直すことにした。この小さな店内に、よくもまあこんなに本を押し込んだもだなと最初の頃は思っていたけれど、今ならまだもう少し置けそうだと考えている。それでも決して雑多には見えないし、古い建物なのに清潔感もある。
床も綺麗だ。踏み台に乗せた足を一度見下ろし、抱えた本を一冊ずつ並べる。妙にぐらつくなと思ったのと虎くんに声をかけられたのはほとんど同時で、振り返った時にはもう遅かった。

「その踏み台、今壊れて─」

「えっ、」

踵に掛かった体重で踏み台が後ろへとバランスを崩し、あっ倒れる、と一瞬冷静に思った。まだ腕の中には数冊の本があり、せめてこれを投げ出さないようにと、その一瞬で思った。

「っ、う」

「大丈夫ですか?」

「、あぁ〜ビックリした…」

「すいません、それ俺がさっき壊して…店長が今新しいやつ買いに」

後ろから僕を受け止めてくれた虎くんは、少しよろけたものの尻餅をつくことはなかった。

「ごめん、僕もよく見てなくて…大丈夫?足とか捻ってない?」

「俺は良いけど、蓮さんこそ」

受け止めてもらった僕こそ平気だ。
自分より高い位置にある目がじっと僕を見下ろしていて、体の奥がじわりと熱くなった。大きな手がしっかりと僕の体を捕まえていて、背中から伝わる彼の鼓動に眩暈がする。いけないスイッチを押されたような気分だ。たまらなくなって目を逸らすと、体勢を整えた彼は僕が抱えていた本を拐って本棚へと押し込んだ。そのあとぐらぐらの踏み台をカウンターの下へ移動させて僕を見た。

「僕は大丈夫だけど、虎くんの方が心配」

「大丈夫ですって」

「でも、」

「じゃあ、足捻ったって言ったらどうするんですか」

「えっ、やっぱり捻ったの!?どうしよう、とりあえず病院行って…送り迎えもする。体育も困るよね、一緒に説明しようか」

「はは、大袈裟。捻ってないし、でも、それはそれで良いかも」

確かに愛想は悪いし、喋り方も抑揚がなく気だるげだ。それでも、こうやって目を細めて口を綻ばせればそんなの一瞬で忘れるくらい目を奪われる。胸を鷲掴みされるような、そんな感覚。

「俺も、蓮さんのこと見ます」

「えっ、」

「蓮さん、すげぇ見るし」

「そ、れは…」

「格好良いから見てるんだろ?じゃあ俺も見ていいんじゃないの」

何が、と言おうとして口をつぐむ。蓮さんの顔、と少し意地の悪い笑みを浮かべた虎くんに、軽く顎を掴まれたから。逸らそうにも逸らせず、「顔もだけど、蓮さんの言動とかも良いなと思います」と低く囁かれ、顔に熱が集まった。あれ、この子は誰とも付き合ったことがないし、そいうことはよく分からないって…確かにそう言っていたのに。

「蓮さんが悪い」

「あの、虎く─」

「いつでもどこでも俺のこと見つけたら笑いかけて、隣にいればガン見して、こうやってちょっと触れば赤くなって、人の心配ばっかりして、気遣いすぎだし、そういうの、こっちも意識するじゃないですか」

意識、とは…
解放された顎が、けれどそのまま動かせないでいる僕に虎くんは小さく首をかしげて「間違ってます?」と問うてきた。

「虎くん、さ…そういうの嫌いって言ってたよね」

「言った、かな」

「言った」

「じゃあ言った。けど、蓮さんに対しては別に、思ってないです」

「っ、そういうの、ずるい」

「そう?」

「……」

「すみません。でも、責任はとって下さいよ」

「責任って…どういう意味の…」

「さあ、それは任せますけど」

責任とってもらおう、なんて、軽々しく言っちゃダメだ。だって僕は無責任な恋をしたけれど、今は胸を張って虎くんを好きだと思っている。それを伝えるのはきっともう少しの勇気が必要だから。今は、隣で僕を見てくれる彼に心の中で呟こう。

“恋人になってくださいって意味なんだけど”

帰ってきた店長に、また具合が悪いのかと心配された。それを虎くんが「悪いみたいなんで、帰り送ってきます」と、さらりと答えた。僕はまだ好きだなんて一言も言ってないのに、強制的に一歩前へ進められた気分だった。

五月、緩やかな日没のあと、僕は自転車をひきながらまた彼の横顔見上げる。

横顔
(視線の先に)


いつも穏やかでにこやかで誰に対しても優しい先輩は、誰に対してもこんな風なのかもしれない。でも、意識してしまった俺としては、誰にでもこうじゃ困るから。少し強引に、その手を引いてみようかと、生まれて初めて誰かを欲しいと思った。






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