過去企画 | ナノ


二十万記念SS
「天使の解析」
関谷くんの苦悩

***

「165.2センチ」

「えっ、糸井ってそんなに身長あんの!?」

「え、そんなに?」

「だ、って、俺で168だよ?3センチしか違わないの?」

「僕はそのくらいだと思ってたけど」

ウソだろ、え、嘘だと言って。
誰か糸井はもっと小柄だと言って。いや充分小柄だけど。自分とそんなに変わらないのにこんなに小柄に見えるってことは、俺も傍から見たらこんなに小柄だってことになる。平均以下ではあるけれど、俺は言うほどちびじゃない。つもりだった、だけ、か?そうか、体重の問題か。俺の方がまだ少しは男っぽい体つき、とか…

「た、体重は?」

「ちょ、それはダメだよ」

「女子かよ」

「だって、こんな貧弱だし…だからだめ」

どうしてだろう、これは貧弱とは言えない気がするんだけど。ただただ、華奢、なだけのような気がするんだけど。色素薄いよね、で済ませるにはあまりにも白すぎる体も、薄すぎる体毛も、柔らかい髪の毛も、貧弱とは結びつかない。

「ほら、もういい?」

「お、おおう」

糸井が転入してきたときはそれはもう口では言い表せないくらいの衝撃を受けた。小柄で華奢で何よりこの体裁の悪いうちへ、ここらへんで底辺と呼ばれる男子校にやってくるにしては可愛すぎたの だ。気分が乗らなければ帰り、気に食わなければ殴り、ここは学校と呼べるほど大層なところではない。しかも、ここにしか転入できなかっただけならまだしも、糸井はまあまあ普通に勉強ができた。小学生がやるようなテストで普通に90点以上をとれるレベル、といってもそれがこの年でどうなのかは不明なんだけど、とにかく頭が悪すぎて困ってここを選んだわけではなさそうだったのだ。

「関谷くんも測ってみたら?」

無垢な笑顔で身長計からおりた糸井は、頭のてっぺんを緩く手で撫でた。

「いや、いいよ、俺は」

ちょっと、現実と向きあえる気がしない。
俺の中で糸井つぐみは友達だ。男だけど、なんだか女の子の親友が出来たような感覚も少しだけあって、このぶつかっただけで喧嘩売られるような学校で唯一の癒しにもなっていた。たぶんそれは、周りも同じ。教室に糸井が居れば、どことなーく、平和な空気が流れる気がする。というのも、安らかに眠っているだけなのだけど。その、オアシス糸井が最近、とんでもない野獣に懐いてしまった。

『ガラガラッ』

「あっ、櫂先輩」

それがこの、高梨櫂という男。
自分より一つ学年が上で、しかもガラの悪いこの男と俺に接点などあるはずもなく。そして何故今このタイミングで、ここに来る。

「具合悪いんですか」

どういういきさつで糸井が高梨櫂に懐いてしまったのかは知らない。 高梨櫂と言う男は、この学校では割と有名なナマケモノのような人間だ。ほとんど授業に出ず、それでもきっちりテストで点数を取っる。そして進級するタイプの人間。堂々と中庭で昼寝はするし、この保健室に我が物顔で入ってきて保健医を追い出して昼寝に勤しむ様な人間だ。現に高梨櫂が入ってきた瞬間、保健医の横山先生が出ていってしまった。

「いや、寝るだけ」

「サボリですか?」

「ああ、そうかも」

そこまでしているのに校内で問題を起こしたという話を聞かないのは、恐らくこの無駄にでかい体の所為だろう。ちょっと規格外すぎるこの大男に、喧嘩を売る生徒も教師もいないということだ。本人が何を考えているのかは知らないし、そこは興味もないからいい。とにかく、俺は、 オアシス糸井がこの熊みたいな男に大喜びで駆け寄ることが気に入らない。糸井、お前はこんな男と戯れてちゃいけない、純白が汚されてしまうぞ、と。割と真剣に思っている。

「あ、櫂先輩」

「ん」

「ここ、乗ってください」

「ちょ、おい、糸井…」

糸井は躊躇いもなく高梨櫂を身長計に乗せた。高梨櫂はだるそうに、それでも自分で位置を合わせて「193.5」と呟呟いた。
いやちょっと待てよ。それ俺と同じ人間なの。健全な男子高校生なの。スポーツやってるわけでもないのにそんなに身長高くてどうすんの。不便なだけじゃん。服とか靴とか。敷居とかに頭ぶつけそうだし。そんな経験自分にはないから想像もできないけど、現にこの男はドアをくぐる様にして室内に入ってきた。こんな現実知りたくなかった。ああ、そうか、この男と一緒にいるから糸井が余計小さく見えるのかもしれない。

「櫂先輩そんなにあるの?すごーい」

無垢だ。
まるで劣等感を抱かないなんて。

「羨ましい」

この顔と体で身長だけ190もあったらそれはそれでお化けくさい。いや、天使はそれでも天使かもしれないけど。

「…なに」

「っ、別に…何でもない、です」

少なくともこの、高すぎる位置から見下ろす悪い目つきは天使とはかけ離れている。

「ああ、そう」

「……糸井、そろそろ戻ろう」

「あ、うん」

昼休みはもう終わる。
この時間に保健室に来るなんて、この男はサボリに来た以外理由はない。ゆえに、これ以上ここに居たら糸井までサボると言いかねないので、俺は糸井の腕を軽く引いた。

「あ、待って、関谷く…!」

「えっ、あ…」

糸井の毎日恒例行事、ズボン落とし。
いや、糸井が自分の意志でズボンを足首まで落としているわけではないのだけど。体に合っていない制服を、自分の採寸したサイズの制服が来るまで身につけているのだ、仕方が無いと言えば仕方がない。が、その光景は一瞬で消えた。

「あ、?」

高梨櫂のでかい手によって、目元を覆われたらしい。くそ、お前は今糸井のパンツを見ているのか、馬鹿野郎。

「ほら、つぐみ、早く穿け」

天使でもパンツを穿く。いやま あ、穿いていなかったらとんでもないことだけど。でも、そのパンツが毎日のように誰かに見られる、ということに糸井は最初の頃より抵抗がなくなっている気がする。最初は顔真っ赤にして泣きそうな顔で机に突っ伏してたのに。今じゃさっさと穿きなさいと言われて素直に「はい」と、少し上ずった声で言うだけ。そして高梨櫂のこの冷静さ。俺、慣れてるんでみたいな、お前は見るんじゃねえよみたいな、この対応。おまけに“つぐみ”って。いつからそんなに親密になったのか。くそ、俺の方が友達なのに。

それに天使のパンツはみんなのパンツだろ。
黒もグレーもチェック柄も。ドットもボーダーも。ボクサーと呼べば良いんだろうけど、何故か糸井が穿いているとブリーフと言いたくなる。俺も重度の変態かもしれないが、恐らくこれは誰もが思っているから、正常と言っいいだろう。

「糸井?もういい?」

「うん、ごめんね。戻ろう」

ズボンの腰を押さえながら、そう言うと「じゃあ櫂先輩、行きますね」と高梨櫂に渾身の笑顔を見せていた。本当、この癒し効果ってすごいよなあ、と思いつつも、やっぱりここまで高梨櫂に懐く意味が分からない。高梨櫂の方も、見た感じ全然糸井に興味なさそうなのに。いったい何がこんなに糸井を駆り立てているのか。

「関谷くん?」

「あ、うん、いこう」

分からない。

「あ、昨日ね…」

授業が始まればごくごく普通の高校生らしく教師の話を聞き、一日の授業が終われば他の生徒と同じように意気揚々と帰る準備をする。が。

「関谷くん、僕、ちょっと保健室行ってくるね」

また、高梨櫂か。

「櫂先輩に、おしるこ届けてくる」

「お、しるこ?」

は?と、思わず漏れた間抜けな声に、糸井はそれはもう可愛らしい微笑みを浮かべて「自販機のおしるこ、櫂先輩大好きなんだ」と呟いた。言い終わってから頬まで赤らめて。
あの男らしい、キングオブ大和魂みたいな見た目の、中身ナマケモノの為にどうしておしるこ。

「じゃあ、いくね」

「お、おう」

「また明日」

「おー、また明日。糸井も気を付けて帰れよ」

「うん、ばいばい」

部屋は何号室か知らないけど、学校から徒歩で10分のマンションに住む糸井。もしかして距離で学校を選んだのかも、と思ったが、この際そんなことはどうでもいい。
キラキラとお花の匂いを振り撒きそうな背中を見送ると、階段を降りて視界から消えるまでに三度ほどズボンがおしりまで下がり、一度足首まで落ちた。痴男か。いや、そんな言葉があるか知らないけど。あれが天使じゃなかったらと考えると末恐ろしくなる。

「関谷ー今からカラオケ行くけど一緒に行かね?」

「あ、うん、行く」

あの可愛い顔の奥で、何を考えているのか。天使すぎて分からない。まあ、糸井は糸井だし、きっと何があっても天使のままだろうから、俺はそれで充分だけど。
やっぱり、どうして高梨櫂にだけあんなに特別な顔を見せるのか。分からない。あれだけ秀逸した容姿を持っていると、脳みそも変わっているのかもしれない。平凡な人間の脳みそとは変わった脳みそ。


いやでもやっぱり、それにしても、分からない。






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