白くじらと群青 | ナノ



「え、シマ、話聞いてた?俺シマの事好きって言ったんだけど」

「聞いてた。てか、こんな近くでそんな話されて、無視とかできないじゃん」

「そうだけど…」

「まだ全然短いけど、俺ここで高瀬の日常になるの楽しいなって思ったよ。高瀬のこと知るのも、お互いのこと話すのも。それだけじゃ高瀬の気持ちに答えられないのは分かってるけど、今離れたらまた会えなくなる気がする。それが、いやだなって。上原がさ、高瀬のこと嫌がってたみたいなこと言ったのも、高瀬がいい奴って知ってるからじゃないの。高瀬のいいとこ知って、もし俺が高瀬の気持ちに答えちゃったら友達がホモになっちゃうって」

それ自体が嫌と言うよりは、上原は正直で嘘がないからどうやって接していいか分からないって思ったのかもしれない。それで変に避けちゃって疎遠になるかもって。さすがにそこまで自分の都合のいいように解釈はしないけど、そういう意味での牽制だったんじゃないだろうか。

「俺、シマの事本気で好きなんだけど」

「うん」

「いいの?大丈夫?」

「分かんないけど、今高瀬のこと抱きしめたいとは思ってる」

俺、すごく残酷なこといってるのかな…でも、今すぐ付き合おうとか、そういうことを求められていないこともわかってる。それでも俺は高瀬の手を取るんだろう。一緒に住んだのが上原や森田だったとして、同じ気持ちになったかと聞かれたらきっと答えはノーだから。

「上原に、感謝してるって、今度会ったら言っといて」

もし卒業式の日告白していたら、シマは俺のこと振ったでしょ、と高瀬は小さく笑った。確かにそうかもしれない。高瀬にこんなに思われていることを知らないから。だからあの日シマを連れて出ていってくれてありがとうって。

「ん、そうだね」

俺が笑い返すと、高瀬は優しく頭を撫でてくれた。大事だなって、そう思われていることが痛いくらい伝わってきて、俺もそれに答えたいなと素直に思った。どんなに本を読んだってこういう気持ちはなってみなくちゃわからないってことも。恐る恐る高瀬の背中に手を回すと、普通に男の体で一瞬笑ってしまった。硬い胸に広い背中。なるほど、 それでも気持ちいいっていうこの感覚は、たぶん愛情なんだ。

“大事に呼ばれてみたいなって”高瀬は確かにそう言った。俺を気まぐれに嶋岡とかシマとか呼んでいたあの頃も、気づかなかっただけで今と同じくらい思いを込めて呼んでくれていたのかもしれない。

「さく、と 」

「、」

「とりあえず、朔人って、呼んでもいいですか」

「ふはっ、なにそれ」

百人一首よりずっとずっと大事にその名前を呼べる自信がある、とはまだ言えないけれど。

「さくの方がいい?」

「いや、ともつけて。上原みたいだから」

「確かに。じゃあ、朔人」

「うん」

ゆっくり、抱きしめ返してくれた高瀬は耳元で「まひろ」と、俺の名前を呼んだ。


橋本はさ、形を変えたんだよ。ほら、題名の白鯨って雲の鯨って事じゃないかって。空のくじらになったってこと。つまりそれは形を変えていくものだから。だから、橋本は自分のしてきたことを正当化したわけでも、恨みを晴らそうとしたわけでもないってこと。

形が変わっていくことを羨ましいと思ったことはない。自分があてもなく変わっていくのがむしろ怖くて、可哀そうだと思った。いつかの絵本は俺にそう思わせたけれど、確かに群青の中に生える雲は自由で、こんなに綺麗なものはないと感じた。その時の衝撃と、今内側から溢れてくる愛しさみたいなものは全然別のものだけど、同じように自分の中に刻み込まれた。




 
じょ
 


( 上原の牽制はきっと、シマの考えとは違う。それを俺はきっとずっと言えないんだろう。シマはいつでも大切に言葉を声にするから、いつかその口に自分の名前を呼んでほしいと思った。あの寂れた図書室で、ずっとずっとそう願っていたんだから。)



prev next





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -