Tiger×Lotusその後。
大学卒業後蓮は高校教師に、虎は外資系企業で働いてます設定。
いろいろ考えた末教師になった蓮くんと、いくつか受けた企業で何故か内定をもらえた大きい会社の社畜になった虎くんのお話。

***


高校卒業後、僕は結局一年の頃から志望していた大学へ入学し教師になると決めた。もちろん、一時の気の迷いで短大へ志望校を変えたわけではない。この先チャンスがあればそういう仕事に就くための勉強もしたいと、変わらず思っていて。そんな僕らは実家を出て二人で表向きはルームシェア、という形で一緒に暮らし始めた。それから四年、それぞれ就職が決まり、配属や勤務地が決まり、アパートを出た。

『ピンポーン』

僕の勤める学校と虎の会社は偶然にも同じ地区にあり、結局僕らは別の場所で今度はきちんと“同棲”を始めた。もちろん、ただの同居人としか、周りには言えないのだけれど。新居に移って二ヶ月。季節は春も終わりの五月下旬。日曜の午前十時に家に響いたインターホンに「はい」と答えると、「愛嬌の会社のものですが」という声が返ってきた。

「あ、こんにちは」

「こんにちは」

「すみません、日曜の朝早くから」

「いえ、あの、愛嬌は今留守にしてまして…何か仕事の急用でしたか」

玄関を開けて、目の前に現れたのはスーツを纏った自分よりいくらか年上であろう男の人だった。髪の先から靴の先まで、抜かりなく整えられたその人は、まず虎以外の人間が出てきたことを少しも不審がることなく僕に微笑んだ。そして虎の留守を伝えても、まるで動揺することなく帰りは何時頃かと、丁寧な口調で問うてきた。

「近くへ出かけてるだけなのでそんなに遅くはならないと思うんですけど…本人に確認しましょうか」

「それが、ここへ来るまでに何度か連絡したんですが、繋がらなくて」

休日は仕事の電話は取らない、という魂胆だろう。いやまあ、いつものことなのだけど。
何にせよ、虎は近くのお店へ買い物に行っているだけですぐに帰ってくることは間違いない。中で待ってもらうよう促すと、その人は少しも遠慮しないで「すみません、それじゃあ」と、一つ頭を下げて靴を脱いだ。高そうだと思ったその靴の中敷きには、やっぱり高級ブランドのロゴが入っていた。バリバリ仕事できます、という見た目に見合うものだと、素直に思った。

「どうぞ」

スリッパを並べてリビングへ通すと、その人はソファーに腰掛ける前に僕に名刺を差し出した。

「すみません、申し遅れました。高牧です」

虎の名刺と同じデザイン。そりゃそうか、同じ会社の同じ部署名、ただ役職はよく分からないけれどおよそ平社員さんには見えない。

「園村です。すみません、僕名刺を持っていないので」

「構いませんよ」

「座ってください、お茶入れますね。コーヒーか紅茶しかありませんけど、どちらがいいですか」

「じゃあコーヒーを」

上着を脱いでソファーへ座った高牧さんは、やっぱりそのただの白いシャツさえも高級品のようで、虎はこんな人と毎日仕事をしているのかと驚いた。仕事の話はしても上司の名前は出てこないし、人間関係のうんぬんをべらべら喋ったりもしないタイプだから、僕は本当に虎の新しい環境について知らない。今まではそれなりに友人の名前が出ていたし、顔を合わせたこともあった。高校までは自分も同じ場所にいたからわざわざ話さなくても分かっていた、ということに気付いたのは仕事が始まって別々の生活をスタートさせてすぐのことだった。
それを寂しいと言うのか、煩わしいと言うのか、自分でもよく分からないのだけど…それでも僕は知りたいし、その上で虎を支えたいと、本当に思っていて。でもまだ自分も不安定なのにそんな偉そうなことを言っても説得力がなく、むしろ虎に不快な思いをさせるんじゃないだろうかと、踏み止まっていた。

「お待たせしました。砂糖かミルクは… 」

「いえ、このままで」

だから、このタカマキさんという存在を目の当たりにした驚きと嬉しさは、本物だ。

「おいしいです」

「お口に合って良かったです」

「彼もこれを飲むんですか」

「え?あ、はい。僕が毎朝飲むので、ついでですけど」

「勿体ない。アイツ、めちゃくちゃ砂糖入れるからこんなにおいしいコーヒーは勿体ないですよ」

「昔からなので」

「昔から、か」

「あ、幼馴染なんです。学生の頃からルームシェアしてたので、その延長で今も」

一瞬、キンと冷えた目になった気がした。茶色の水面をじっと見つめる、その目が。形の良い二重の目だ、気を抜いても睨んでいる様には見えない、どちらかと言えば垂れ気味のその目が…一瞬だけ鋭く睨んだ気がしたのだ。

「そっか、君が。愛嬌が幼馴染と住んでるっていうのは知ってたけど、まさかこんなにタイプの違う子だとは思わなかったなあ。ほら、アイツ無愛想でしょ。でも仕事とか器用にこなせるし、だから嫌われやすいけど結局実力社会だし。上層部は可愛がるから余計下の奴等からは煙たがれる。それとは違う感じだね、君。頭良さそうだし、品もあるし、幼馴染とは思えない育ちの良い感じがする」

「そうですか?赤ん坊の頃から同じように育ったんですけどね」

「へえ、そうなんだ。不思議だね。園村くんは何のお仕事を?」

「教師です」

「あ〜似合うね。だけど、勿体ないかも。こんなに美味しいコーヒーを淹れられるんだから、お店を開くのも良さそう」

「それはさすがに」

虎こういう人苦手そうだなと、勝手に思った僕に気づいたのか、高牧さんは僅かに口角を上げてカップをテーブルに置いた。しなやかな動きに、こういうのを品があると言うんじゃないだろうかと、思わず声が漏れそうになる。

「いやー、あいつが他の人間と住んでるとか絶対嘘だと思ったけど。まさか本当だったとはね。しかも、家の中はめちゃくちゃ綺麗だしでもちゃんと生活感あるし、同居人はこんな素敵な子だし、驚いたよ」

虎は僕と一緒に住んでいることをこの人に話したのだろうか。嬉しいけど、何とも言えない変な感じがするのはどうしてだろうか。

「…実は付き合ってる、とか?」

「仮にそうだとしても、僕の口からは言いませんよ」

段々と、高牧さんの違和感が確かなものになっているからだろうか。

「そうだよね。じゃあセックスは?何回かはしたでしょ?」

「それも、僕が答えることじゃないです」

「分かった。ならひとつ教えて。今つけてる香水、君の?」

「そうです。でもたまに彼も使いますね」

「いいね、そういう顔色ひとつ変えないでかわしちゃうところ。虎みたい」

“虎”か。

「虎ちゃんのシャツはいつも綺麗にアイロンかかってるし、靴も汚れたままになってない。まさかあいつが自分でメンテナンスしてるとは思ってなかったけど。君がそこまでしてるとなると、ただの幼馴染みとはね。ヒモなら分かるけど、君は君で自立してしそうだし」

掴めない人。
これは、僕も苦手なタイプだ。裏表だけじゃ足りないくらいの面を持っていそうで怖い。じっとこちらを見る目は確かににこりと微笑んでいるのに、その奥では僕を品定めでもしているような。

「僕がそんな風に見えるなら嬉しいです。僕はただのお節介なおばさんみたいな人間ですよ」

「お節介なおばさんがこんなに素敵なら、うちにも来てほしいな」

「たか─あ、帰ってきましたよ」

玄関の、ドアの向こうでチャリとカギの音がした。それが鍵穴にささる前に僕は玄関へ向った。

「おかえり」

「、ただいま」

「わざわざごめんね、買い物ありがとう」

「ああ、てか鍵、閉めてなかった─、誰?」

家にいても戸締まりはきちんとしろと、いつも口にしているのは僕なのに。虎はそう思ったのだろうけれど、靴を脱ごうと視線を落としてその続きを飲み込んだ。

「虎の会社の人」

「は」

「とーらちゃん」

虎の手からエコバッグと紙袋を受け取ると、高牧さんがパタパタとスリッパをならしてリビングから顔を出した。

「は、なんで」

「行くって言ったじゃん。電話もしたし」

「は?」

眉間にシワを寄せた虎は僕の前に立って、ぐっと僕の体ごと押し退けるように壁へ追いやった。もう今さら隠れるのは無理だけど、とはさすがにこの状況では言えない。

「何の用」

「おい、口。ま、仕事じゃないし良いけど。俺言ったでしょ、虎ちゃんの家遊びに行くねって。噂の“園村くん”が俺のこと快く上げてくれたんだから、そんな怒んなって」

怖い。
愛想を振り撒くでも詮索するでもない、また違う顔をして、高牧さんは虎の肩に手を伸ばした。けれどそれは虎の手によって払われ、ぱたりと行き場をなくしてあるべき場所へ落ちた。

「だからキレんなって。何もしてないし。俺前から言ってたじゃん、お前の同居人に会いたいって。お前が大人しく言うこと聞いてれば俺と園村くん二人きりにはなってないの。分かる?自分が悪いんだから俺のことばっかり怒んないの。園村くんだってほら、なんともないし」

「何かあったら今すぐ辞めるから」

「ちょ、虎っ」

「あー、虎って呼んでるんだ。可愛い。大丈夫だよ園村くん、虎ちゃん気に入られてるし、辞めるなんて無理だから」

高牧さんの顔が近づけば、虎の背中に更に後ろへ押され、もう完全に壁と背中に挟まれてしまった。

「コイツ、これからめっちゃ稼ぐし、園村くん専業主婦になっても大丈夫だよ。それでさ、俺の通い妻になって」

「寄るな」

「怖い怖い。あ、そうだ、待ってて」

ぱっと、思い出したようにリビングに戻った高牧さんは、ジャケットを羽織って鞄を片手にまた玄関へやって来た。帰るのかと、肩を撫で下ろしたところはきっと見られていない。

「これ、お土産」

「……」

ガサガサとその鞄から無造作に出されたのは、これまた高級なチョコレートのメーカーのロゴが入った紙袋で。間違いなく、とにかく甘いものが好きな虎の喜ぶものであるそれを、けれど虎はなかなか受け取ろうとはしなかった。

「買ったままだから何も入ってないって。で、受け取ってよ。賄賂だけど。また遊びに来るからさ」

「だから─」

「人間味のないお前がちゃんと人間やれてる理由もわかったし、虎ちゃんの宝物触っちゃったし。お前がたまーにつけてるくそ似合わないやたら品の良い匂いの香水、それでしょ?今度買ってくるよ」

それ、と下駄箱の上に置かれた灰皿を指差した高牧さんは、その上に置かれた香水の名前を読み上げた。灰皿と言っても、それは形だけで僕と虎のカギと香水置き場だ。








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