「あっ、」

「ぶな…」

「ごめん、かかってない?」

「大丈夫」

いれたてのコーヒーがちゃぷんとカップの中で乱雑に揺れた。何もないところで躓くなんてどうしたんだよと、自分に問うてみても答えはでなくて。虎に支えられた体をゆっくりベッドへと下ろした。

「、虎」

静 か な 欲 情  


「濡れてる」

大きな手にカップを掬われ、シャツの袖をめくられた。火傷するほどではなかったため、気付きもしなかった。それでも労るように撫でてくれた虎に心臓が跳ねた。

「大丈夫、ありがとう」

あ、やばいなと、思いつつも目がそらせなくて。ゆっくり、けれど確実に距離がつまる。無意識に、だろう。僕が近づいているのか、虎が寄せてきているのか、それも分からない。分からないまま、そっと目を伏せた。

「、」

一瞬、触れただけの唇は静かに離れてしまった。

「虎」

緩く目を開けると、じっと僕の目を見る瞳があって。今度こそ本当にだめだと、虎の頬に手を添えて引き寄せた。一瞬動揺したように見開かれた目が、僕の欲情した顔を映していた。

「ん、ぅ…」

離れて、重なって。
離れるたび寂しくなって、重なる度一秒も離れたくなくなる。その感覚を伝えたくて、けれど言葉は出てこない。

「蓮、」

「ふ、んん…ぁ、とら」

虎の手が僕の顎を固定して、自由に息も出来ない。苦しさに涙が滲む、そんな歪んだ視界で黒い髪が揺れた。柔らかい手つきで拭われた涙が、そのまま虎の舌に舐めとられ、どくんと心臓が脈打つのが分かった。

「と、ら…」

「悪い、苦しかったか」

「平気」

荒く肩を揺らして呼吸を繰り返す僕に、虎が小さく微笑んだ。一瞬でも視線をずらしたら、一秒でも長くまばたきをきたら見逃してしまいそうなほど、小さく。それがたまらなく愛しくて、僕の上から退こうとした虎を無意識に捕まえてしまった。

「蓮?」

セックスがしたい。

端的に言えば、そういうことだけれど。でも言い訳をするのなら、もっと触れていたい、もっと近づきたい、繋がりたい、体温を共有したい、だ。それが本心で、けれどその方法を、術を、僕らはセックス以外、知らない。
もちろん、抱き締めるだけで、手を握るだけでも満たされる。だけど、満たされない時もあって、それは何か不満や不安があったり、不安定だったりする時と、もうひとつ。意味も理由もなく、ただ触れたくなった時。壊れそうなほど強く抱き合いたくなる瞬間が、あるのだ。

普段保たれているいろんな均等が、崩れるときが。理性が塞き止めてくれているものが、ぶわりと溢れるときが。

「虎、…た、い」

「ん、」

もう一回言って、と耳元で響いた低い声に、すでに反応していた下半身にさらに熱が集まるのが分かった。

「し、たい…」

僕にだって羞恥心はあって、改めて聞き直されて「セックスしたい」と言うのは躊躇われた。それでも声にしてしまうほどには、欲情しきっていて。
どうしてそんなに興奮しているのか、自分でも本当にわからない。

「っ、ん…」

再び覆い被さってきた虎に、僕の思考は完全に停止してしまった。考えることをやめた脳は、ひたすら虎を求めていて。ゆっくり、温度の低い虎の手が服の中へと侵入してくる頃には、理性なんてどこかへいってしまっていた。

冷たい手が横腹から背中、脇の下、胸、首と、じれったく這っていく。少し強く撫でられるだけでびくりと反応してしまうのは、きっとその手の温度が低いからだ。

「蓮」

けれど僕の反応を楽しむような虎の手は、確実に僕の弱いところを攻めている。つまりは、手が冷たいというのは言い訳なのだ。

「あっ、……とら、手…冷た…」

「、悪い」

それでも口にしたら、潔くその手が体から離れ、僕の手を握った。代わりに、生暖かい舌がボタンの外されたシャツを割って胸を這った。

「っ、」

布団に縫い付けられた両手は、僕から虎に触れることを許さなくて。きつく絡まった指と指が少しずつ温度をあげていくのを感じていた。きっと、コーヒーはもう冷めてしまっているだろう。もったいないけれど、それどころじゃない。それどころじゃないし、焦らされ続ける体が、苦しい。虎にそんなつもりがあるのか知らないけれど、もどかしい。

「虎、…ち」

「ん?」

「く、ち」

体が求める刺激もそうだけど、自分が彼にさわれないことが。でも、手で触ってと言う勇気はなくて。

「キス、」

なんとか絞り出した言葉だった。
口にキスして、だなんて。後で冷静になったら虎の顔を直視できないくらい恥ずかしいじゃないかと、他人事みたいに思った。

「すげー殺し文句」

「っ」

口で体をまさぐっていたのだ。その口がキスをすれば、手を離しすしかない。つまり手でさわれと言うことだ、と悟ったのだろう。

「手、まだ冷たいけど」

そう言いながらゆっくり解けた指。さっきより温度の上がったそれが胸から臍へ、そしてベルトへ移動した。その手を追うように僕も虎のベルトへ手をかけると、牽制するようなキスが落とされた。

「ん、……はぁ、あ」

キスしたままの口は離さないで、器用に僕のズボンを下ろし自分も服を脱いだ。そしてほんの少し汗ばんだ背中へ手を回すよう、僕の手を促した。
広い背中の、形のいい肩甲骨。そこに手を当ててぐっと自分に引き寄せると、僕の下着をずらす虎の手が止まった。動きずらいのだろう、だけど…

「れ─」

引き寄せた肩口に唇を押し付け、噛みつくように吸い付いた。

「っ、蓮?」

「ん」

本当に、どうしてこんなに興奮しているんだろう。こんなものつけても虎は別に喜ばないのに。分かっているけれど、どうしても残したくなった。硬くて上手くはつかなかったけれど、それでも一目で何か分かるほどには赤くなっていた。痛くないと分かっているのに、自然と指はそこをなぞり、同時にひくりと虎の喉仏が揺れた。

「ごめん、痕…」

「いい、別に」

深い黒の瞳が、射抜くように僕を見下ろした瞬間、あっという間に下着は下ろされて、晒されたものを握り込まれた。

「っ、はぁ、…ん」

「蓮、腰…」

「んっ、ん…」

ゆっくり、でもちゃんと僕のいいところを触って、擦っていく。虎の手の感覚だけでも達してしまいそうなのに、そんなことはお構いなしで追い詰められる。

「だめ、とら、も…い」

「早いな」切れ長の目がそう言うみたいに細く笑った気がした。恥ずかしくてどうにもならないし、自分でもどうにもならないのだから仕方がないと反論したかったけど、それもできなかった。

「っ、あ……」

呆気なく吐き出されたものが自分のお腹を濡らした。ひくひくと揺れるものが、湿った冷たさを妙に鮮明に伝えてくる。

「とら?」

後ろをほぐすためにローションを垂らした虎が、ぐっと僕の足を開きそこへ顔を埋めた。そのまままだ余韻の残る僕のものを擦り、濡れたお腹を舌で丁寧に拭い始めた。

「やっ、とら、ちょ…」

じゅるじゅると卑猥な音をたてて舐めとり、前を擦り、ローションの垂らされた後孔はそのままほったらかしにされている。

「とら、虎、」

「ん、」

「も、いい、から…」

「なに?」

「っ、」

言わせようとする、けれど僕が言い出せないこともわかっている。だからゆっくりことを進める体を抱き寄せ、腰を押し付けた。その瞬間僅かに乱れた虎の呼吸が頬を掠め、ぞくりと肩が震えた。

「指、入れるぞ」

「ん、」

長い指がそこを数回撫で、ゆっくりと挿入される。吐きそうな異物感はどうにもならないはずなのに、それでもその指が掠める場所には全身が震える。抑えきれない嬌声が口からこぼれ、それを掬うようにキスが落とされていく。

「はぁ、はぁ…」

唾液で濡れた唇がいやらしく光るのを目の当たりにして、指をくわえ込んだ後孔がひくひくと絞まるのが自分でも分かってしまった。ゆるゆると、腰まで自分で揺らしているし、もっと奥まで、と催促するように虎の腰に手を回している。

「ん、っあ」

その腰が僅かに浮き、虎の指が抜かれた。
やたら生々しく響いたズボンのファスナーを下ろす音。下着から出された虎のそれに、避妊具が被せられるのを涙で滲んだ視界で捉えた。

「痛かったら、ちゃんと言え」

「ん、」

痛くない。いつだって痛くないようにしてくれるのは虎なのに。

「っひ、ぅ…」

充分にならされた場所へあてがわれた熱いものが、ゆっくりと中へ入ってきた。そう、いつだって、虎は僕を気にしてくれるから。自分のことより僕を優先するから。

「と、ら…ぁ」

全く触れていないのに完全に硬くなった虎のものが、それを物語っている。限界なのは僕じゃなくて虎なんじゃないか。それでも僕への負担を減らすことばかりを考えている。それが嬉しくて、けれどもどかしい。

「は、ぁ」

「ん、あっあっ、」

もっとめちゃくちゃに抱かれても、僕は壊れたりしないのに。僕ばかり余裕がないから、虎の気を遣える余裕が憎たらしいのかもしれない。何故か今は、その考えが脳内を支配している。たぶん今日は最初からおかしいんだ。日々の積み重ねが爆発しているのかもしれない。だからいつもの何倍も何倍も興奮して、麻痺しているのかもしれない。

「あっ、とら、虎、」

「、蓮?」

「もっ、と…」

僕は譫言のように虎の名前を呼び、もっともっとと恥じらうことなく情けない声をあげた。目からこぼれた涙を時おり虎の舌が舐めとっていく。

「い、く、も…虎、いく…」

その感覚にまた声をあげて、自分が何回達したのかも、よくわからないほど何度も何度も射精した。

「ふ、ぅ…はぁ、」

いつも、セックスのあとすぐに眠ることはしない。余韻に浸りたいというそれだけの理由ではない、ただ、普段温度の低い虎の体が熱くて、心地よくて、早々に眠ってしまうのは勿体無いと思うから。

「蓮、拭くから、腰…」

「虎、」

いつも以上にそれが強くて、処理もシャワーも、シーツを直すのも服を着るのも何もかもあとでいいと思った。虎に触れていたい。

「今日、何かあったのか」

「…どうして」

「なんか、いつもより…」

「分からないんだ、自分でも」

「……そうか」

「でも、まだ、こうしてて」

「ん、」

汗と体液でお互いの体が吸い付くように密着して、それにまた欲情しそうになる。

「…明日、起きれるかな」

虎は少し驚いたように目を見開いて、それからすぐに「俺が起こすよ」と言った。珍しいこと言うんだねと笑えば、珍しいこと言うのは僕の方だと笑い返された。



(翌朝となりの寝顔を起こすなんて)
(きっとできない、それは飲み込んだ)









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