サラダとスープ、ドリンクとデザートがついた洒落たイタリアンのランチは、確かに味も量も満足するものだった。けれど、1580円のこのランチを週に二回…あとの三日はその日の気分や他の気に入った店に行くらしい…食べに足を運んでいる高牧さんを、俺は心底尊敬できない人だと思う。

「ここと、あと向かいのビルのカフェも好きだし、ちょっと歩くけど一本向こうの通りにできたうどんも上手かったよ」

「……はあ」

「何その憐れみの目は」

「憐れだと思ってます」

「いいんだよ、俺は独身だし」高牧さんはそう言ってへらりと笑いながら、ここで一番お気に入りだというチーズでコーティングされたようなハンバーグを一口放り込んだ。
確かに、自分の稼いだ金で毎日好きなものを選んで食べるということはそれなりに満たされることなのだろう。けれど、安くてお得なはずのランチに紙幣プラスアルファを払うのは気が引ける。普通、そういうものではないだろうか。たまにの気分転換や贅沢にはいいかもしれないけれど、少なくとも俺は蓮が作る弁当の方が圧倒的に好きだし味も保証されている。
昨日は蓮が作ったから今日は俺が。この日はお昼出るから自分の分だけ用意しよう、そういうやり取りだって個人的には好きだ。蓮の作る弁当に比べれば、俺のなんて栄養もへったくれもないけれど。それでも「美味しかったよ、ありがとう」と、作る度欠かさず言葉をくれる彼に、俺も同じように言葉にする。

「それにしてもさ、今日は弁当ないってどうしたの。喧嘩でもした?あの美人妻と」

「それやめてくれます」

「じゃあもう少し美味しそうに食べてくれる?」

「……」

「良いじゃん俺のおごりなんだし。素直に美味しいです、ご馳走さまですって言えよ」

誰も不味いなんて言っていないのに。ちゃんと美味しいと思って食べているし、たまには外で食べるのも悪くないなとも思っている。ただ、高牧さんみたいに一人でお洒落な店に入って、ゆっくりランチをする勇気はない。行けても精々定食屋やラーメン屋くらいだ。おまけに言えば、安ければその方が良いとも思う。

「もっと可愛い部下いねーかな」

「……」

「でもお前仕事できるし俺楽できるし…難しいな、社会人って…はぁ、俺もさ、愛妻弁当とか食べてーよ。でもだからって自分で自分の為だけに作り出したら一生独り身のままな気がするんだよな。俺自分で何でも出来るしさ、掃除とか洗濯とか。だから手がかからないって逆に恐いと思うんだよね」

「はあ」

「真面目に聞けよ。俺だってお前みたいにお弁当作りあってへらへらしてんの羨ましいとか思ってないから。外で食う方が自分で作るより断然上手いし」

「俺にどうしろって言うんです」

「…俺にもお弁当持ってきて」

真剣な顔して何を言ってるんだろうこの人は。
落ち着いた店内で同じように昼休憩をとる数組の中で、ただでさえ明らかに浮いているこのテーブル。いつもは一人でこんな空気の中食べているのかとそこだけは感心した俺に、高牧さんは本当に真剣に懇願している。馬鹿なんだろう。

「なんで」

「なんでじゃないだろ、世話になってる先輩のお願いだろ。俺も蓮くんの手作り弁当食べたい」

「……」

「お前の必殺黙り込み無視は俺には効かねーぞ。一回でいいから。な?」

「な?」じゃないから。俺は漏れるため息を噛み殺しきれなくなり、口から大きく息を吐いた。それから皿に残っていたカレードリアの最後の一口を押し込み、デザートを持ってきてくれるよう隣のテーブルを片付けていた店員に声をかけた。ちらりと高牧さんに視線が向き、「よろしいですか?」と少し困ったように問われたけれど、一人分だけお願いしますと押しきり空いた皿も持っていってもらった。

「俺まだ食ってるんだけど」

「食べて先に戻るんで」

「冷た」

運ばれてきた一人分のデザートはイチゴがたくさん乗った小さなタルトとアイスクリームだった。これを食べるためだけに来ても価値があるなと思うほどそれは美味しくて、無意識に蓮の顔が浮かんだ。これくらいの甘さなら蓮も美味しいと食べられるだろうか、と。それを察したみたいに高牧さんは大きなため息を吐き、つまらなさそうにフォークを置いた。

「ムカつく」

見てくれも悪くない、社会的地位もそこそこ確立していて、収入も多いだろう。少し贅沢なランチを毎日食べて、身に付けている腕時計も靴も高級ブランド。将来有望視されている貴重な人材で、確かに仕事は出来る。そんな人の欠点は、欠点だらけの俺なんかに嫉妬するほど人を愛せないところだろう。

「美味かったです、ご馳走さまでした」

会社に戻ったら、蓮から今日の昼の写真が送られてきた。今日は課外活動らしく、「お昼ご飯はお餅をついたよ」と、季節外れのつきたて餅と一緒に楽しそうな文字が画面に映し出された。たぶん、高牧さんは蓮のこういう部分を見た方がいいと思う。見せないけれど。見せないけれど、こういう、全世界何でも全部愛しているよと全身で伝えてくるような部分を。
食べ物を写真に収める主義ではない自分も、蓮にこういうものを食べたと伝えるために撮るのもいいなと少しだけ思う俺は、蓮と過ごすことで人間になっていくような、そんな感覚だ。









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