「キスだけで良いの?」
「ああ」
まさかの答えにこの体勢とキスの意味はなんなのかと考えを巡らせるも、答えは出るはずもなく。じんわりと暖かい部屋で恋人とソファーでくっついて、首筋をくんくんして、それだけで我慢出来るのだろうか。たぶん、我慢出来ないのは僕の方だ。
緩やかに僕の背中に回された手が、少し遠慮がちにエプロンの肩紐とシャツの隙間を割る。そのまま僕を膝に乗せて「…やばい勃ちそう」と呟いた。
「でも頭いてぇ」
「薬あったと思うけど、飲める?持ってくるよ」
ね、とシワの寄った眉間から眉毛をなぞってこめかみまでを撫でると劣情を孕んだ目が僕を捉えた。
「と─ん、っあ、」
「っ、はぁ…」
腰を一周して前で結んだエプロンの紐がほどかれる。そのまま虎の手は僕のお腹から胸までを撫で上げ、緩んだエプロン越しに胸を揉んだ。
このまま流されてしまう前に、虎に薬を飲ませるべきだろうかと頭の片隅で考え、宥めるみたいにまた頭を撫でる。起きたままの、寝癖のついた髪が愛しい。目を伏せて視界に入った色違いのスリッパは僕が気に入って買ったものだ。スリッパはいつも僕が買い替えているなと、ふと思ったところで胸をまさぐっていた手が意図をもって動いた。
「ん、ぁ」
「すげーエロい顔してるぞ」
「っ、」
虎に触られるだけでそれはもう気持ちの良いものだ。けれど、落とした視線の先にはあのDVDの入った鞄。そういえば虎は胸を触るのが好きな気がする。いや、考えたことはなかったし、今思えば、というくらいのものだけれど。そんなことを考えてしまう自分の浅はかさに、丁寧な前戲を好む彼に申し訳なさが生まれる。
「とら…部屋、行こう」
恥ずかしくて虎の首に抱きつくと、少しの沈黙が生まれた。やっぱり、今日はそういう気分じゃないのかと余計に悲しくなり、けれど今離れれば情けない顔を見られてしまう。そんな微妙な空気を破ったのは虎だった。
「……あ」
あっ、と少し状態を起こして虎が手繰り寄せたのは今まさに疑惑の鞄だった。今それを触るのは危険だ、と反射的にそれを止めてしまい、更に微妙な空気になる。
「蓮?」
「っごめん、薬、持ってくる」
「は、ちょ…蓮」
「虎はゆっくりしてて良いから、ね」
「あ、?」
少し強引に虎の手を鞄から離させると残念なことに鞄は倒れてしまい、中身が綺麗にスライドして出てきてしまった。仕事用のファイルと、ケースに入ったタブレット、モノクロの持ち物なかで異彩を放つDVDを一番上にして。
「は?」
まるで僕が隠していたものを見つかったような気分になる。これは気づいていないふりをして目を逸らした方がいいんだろうか、と考えたもののもう遅くて。
「……なにこれ」
「虎、それは…」
「……あ、あ〜あの人…」
鞄から出てきたDVDを手に取ると、その隙間を埋めるように新たなものが出てきた。手のひらサイズの四角い箱は、可愛らしいお菓子のような、コンドームだった。
「思い出した。昨日…三軒はしごして、高そうなクラブ連れてかれて…そこ抜け出したら高牧さんがついてきて…アダルトショップ行かされて…ゴムと、ローション買ってもらって…そのあと散々歩いてタクシー捕まえて…」
曖昧だった記憶を手繰り寄せるようにまた眉間にシワを寄せて声を溢していく虎に、やっぱりいつもよりたくさん飲んだからかと、少し安心する。もちろんただの飲みすぎで良かった、とまでは言わないけれど。理由がはっきりして良かったし、虎も自覚したようだからこれからは気を付けるはずだ。
その事実に一気に頭が冴えたらしく、すっと顔から気分の悪さが引くのが分かった。虎ははっとして倒れた鞄をひっくり返し、中身をその場に広げた。するとそこからはもう二枚えっちなDVDと、コンドームとローション二つずつバラバラと出てきた。
「あの人…はぁ〜」
「やっぱり結構酔ってたんだね」
「最悪。…蓮、もしかして知ってたのか」
「えっ」
「で、なに、これ俺が買ってきたと思ったわけ?」
「…虎もそういうの見たいと思うんだ、とは思った、けど、驚いたよ」
虎は大きなため息をついて「勘弁しろよ」と項垂れた。その姿に少しでも虎が胸をさわるの好きだな、と思ったことは黙っておくことにした。ゴムとローションを買ってもらったことはしっかり覚えていて、ベッドまで取りに行かなくてもここにあるんだったと思ったものの、虎はそれでもいつのまにか高牧さんに入れられていたDVDには気付いていなかったらしい。心底呆れたようにもう一度溜め息を溢し、虎の上から退いていた僕を強引にソファーに押し倒した。
「それマジで思ったわけ?俺がこういうの見たいとか。怒るよ」
「ごめん。鞄から出てたのが見えて…でも虎隠さないから、別にこそこそするようなことじゃないのかもって。ただ、僕がどんな反応して良いか分からなくて」
思わず止めてしまったのだと正直に言えば、“怒るよ”と言った虎は少し口元を緩めて意地悪く「今から見る?」と問うてきた。その憎たらしい顔をむにゅりと摘まみ、胸なくてごめんねと精一杯の嫌味を溢す。言いながら、自分で笑ってしまった。本当は真実がどうであれ恋人と言う立場として、ここは怒っても良かったのだろう。
なのにこの緩くて穏やかな雰囲気は、僕ら独特のものなのかもしれない。高牧さんにムカついていた虎は、文句はあとで言おうと決めたのかもう押し倒した僕を熱っぽい目で見下ろしている。