虎がどんなキスをするのか、僕がどんなキスを好きだったのか、少し冷たい大きな手が体を撫でる感触も、すべてが明瞭になっていく。とても大事な時間を取り戻せたことを心から喜びながら、今はその時間よりずっと、今虎が僕に触れている現実がどうしようもなく嬉しい。
「んっ、ん…あ、っ」
ゆっくり、本当にゆっくり、虎の手が服の中に侵入してきて、腰から背骨を撫で上げていく。やわやわと唇を食み合いながら、僕は自分で袖から腕を抜き、服を脱いだ。それにつられて虎も自分の服を剥ぐと、寒そうに一瞬肩を上げた。
「ゴムは?」
「ある…」
「ローションも?」
「うん」
自分でしまった引き出しに、それはしっかりあって、もしこれを記憶が戻らないうちに見つけていたらどうしていたんだろうと、ふと思った。何となく他人の部屋みたいで、必要最低限部屋を暴くことはしなかったからこの存在には気づかなかったけれど…
「蓮」
「っ、と─」
「れん」
虎は僕を抱き締めて押し倒すと、頭のてっぺんから爪先まで隙間なくキスするみたいに唇を這わせた。お風呂で眺めていたアザに、入念に唇を押し当てて。何度も何度も、労るみたいにキスをして名残惜しそうに音をたてて離す。寒かったはずの部屋には熱気がこもり始めていて、どれくらいの時間そうされているのかもよくわからなくなってきた頃、虎はやっと体を起こしてローションのボトルを取った。
「っ、あ、待って」
「ん?」
虎の重みから解放された自分の体を起こし、今までされていたのと同じことを僕もしようと手を伸ばした。
「、蓮」
虎はくすぐったそうにたまに肩を揺らして、けれど僕の気が済むまで好きにさせてくれた。しっかり反応している虎のものをやわやわと揉みながら、下着を下げてそこにもキスをする。ずっと頭を撫でてくれている手が、気持ちよくて、くらくらする。いつもは僕が口でしようとすると止めるその手が、顔にかかる髪を退けてくれた。
「ん、んんっ…」
「、はぁ…」
「ん、ぅ…とら、」
「蓮、終わり」
「んぁっ…あっ」
ちゃぷん、と小さな音をたててとろりとしたものが勃ちあがった自分のものに垂らされた。それが後ろまで伝う感覚に思わず声が漏れる。その声を飲み込むように虎がキスをして、またゆっくり、押し倒された。僕を見下ろす目を見つめながら、中に入ろうとする指に力を抜く。
「硬いな」
「んん、ひっぁ…」
とても久しぶりに触れられたそこを、虎の指が慎重に開いてくる。
「とらっ、ふ…ぅう、や、あっ…」
「れん」
「あっ、ぁ…と、ら」
ぴたりと重なった胸が気持ちいい。虎の荒い呼吸に興奮する。余裕のない声に、泣きそうになる。
「とら、も、」
「だめ」
「あっ、や…」
「今日はここまで。お前、分かってる?自分がどんな怪我したか」
「はぁ、あ…」
ぐりぐりと、けれど優しく中を擦る手が止まる。欲しくて堪らない。けれど、まだアザは残っているし、通院もしなければいけない。そんな僕を気遣う虎の気持ちはよく分かる。
「蓮、手」
「…ん」
「ここ、そう、しっかり握って」
僕の左手を虎の右手がしっかり握り、それぞれの利き手でお互いのものを合わせて握る。ゆっくり、虎が腰を引く。僕らはずっと唇を重ねて、手を握り合って、達しそうで達しない感覚を追った。
ぼんやりする意識の中で、僕は何度も虎の名前を呼んだ気がする。
「とら」
「ん」
「虎っ」
「ああ」
「…虎…ん、」
「もう出る?」
「まだ…もう、少し…」
「分かった…」
「…良かった」
「、なに?」
「怖かったんだ、夜の間…虎の事ばかり考えてて、怖くて、怖くて…」
「……」
「もしこのまま僕が、虎とのことを思い出せなかったらって…心配してくれる家族も、友達もいるのに、世界で一人きりになったみたいで、苦しくて…」
「ごめん」
「虎は、僕が…」
大事な時間を失ったままだったら、どうしていたの?そう続くはずだった言葉は自分の涙で塞がれてしまった。それでも僕の意図を察した虎は少し顔を話して困ったように目を細めた。
「ずっと傍にいる。蓮が望む限り」
「でも」
「じゃあ逆だったら?蓮はどうするんだよ」
「っ…」
「俺のこと、どうすんの」
「む、無理…ごめん、考えられない」
思い出せないことが辛くて苦しくて、虎の顔を見ると余計に胸が痛くて…だけど、そんな僕よりずっと、忘れられてしまった虎の方が苦しかったんだ。触れたくても触れられない。それでも傍にいてくれようとした。
「俺が同じようになったら、全部言えばいいから。俺が蓮に何をしたか、言って。それから、蓮の気持ちも」
「でも、虎は、僕がまた忘れても…言わないでしょ」
「……どうしたらいい?」
「言って、全部」
「分かった」
虎は言わないだろう。
僕のことを思って。僕が望まない限り、触れることもしないのだろう。高校生のとき、僕を傷つけてしまったと後悔した虎だから。きっと。
だけど、僕はまた虎を好きになるはずだから。
「…虎、僕…一晩考えたんだけど、」
「なに」
「虎とのことだけを忘れたのは、なかったことにしたかったとか嫌になったとか…そういうことじゃなくて…なんだろう、自分から虎に、向き合うためだったのかなって」
もうイかせるつもりなのか、ゆるゆると扱いていたものから手を離した虎はべたべたに濡れた僕の後ろを撫で、指を押し込んだ。
「虎が好きだって言ってくれる前から、僕は虎を好きだったんだよ。でも、全部リセットして出会った虎の事、その時よりずっと好きだったんだ。だから…ごめん、気持ち隠せなくて…コントロールも出来なくて、ごめんね…」
虎の中指が、あと一歩の快感を与え、僕は呆気なく吐精してしまった。最後までしていないのに、どんなセックスよりも刺激的で、とても優しかった。欲を言えば挿入してほしかったけれど、それが全てじゃないのだ。
「とら…」
「……」
「ねむい?」
「少し」
「僕も」
お互いに射精の疲労感で意識が薄れてしまったんだろう。僕は熱に浮かされるみたいに虎の名前を呼んでいたけれど、もう声もでない。最後の力を振り絞って出たのは「…好きだよ」という、なんとも陳腐な言葉だった。
けれど虎は微笑んで、僕を強く、強く抱き締めた。目が覚めたら、もう一度言おう。
何度でも、虎を好きになるよ、と。