朝、目が覚めると蓮が自分の腕の中で眠っていた。無防備で意思のない、安らかな表情で。綺麗な顔だ、と思う。物理的に、顔が整っている、というのとは少し違うかもしれない。もちろん俺は顔も綺麗だと思うけれど、周りにそう思わせているのは恐らく、蓮自身の内側から滲み出るものだろう。
昨夜、眠るときになって蓮が俺の部屋に来た。明日は土曜日でお互い仕事も休みだから。俺はそれを下心と解釈し、蓮を布団へ招き入れた。

「あ、待って、」

「?」

「まだ、待って」

俺の手は既に蓮の服の裾へ侵入している。
それに身をよじりながら、蓮が顔を寄せる。鼻先が触れ、お互いの息がかかるほど近く。ベッドサイドランプに照らされただけの薄暗い部屋で、蓮は上唇だけを擦り合わせるみたいに笑った。「もう少し」と、ゆっくり瞬きをする。このまま黙っていたら寝るんじゃないかと思うほどゆっくり。
それでも蓮はそのまま明日の予定を呟く。

「明日の朝、パンとご飯どっちがいいかな」

「…コーヒー、は、飲む」

「じゃあ、トーストと甘いスクランブルエッグと…ハムと…虎は起こすまで寝ててね」

「なんで」

「なんでも。お昼は少し出掛けて、夜は外で食べよう」

一体、何の話だ、と考えてすぐもう数分で自分の誕生日がくることを思い出した。そうか、誕生日をどう過ごそうか、問われているのだ。けれど残念なことにレストランを予約して高いコース料理を食べるより、蓮が冷蔵庫の余り物で作ったチャーハンの方が格段に上手い。恐らく自分が子供舌だから、というのが一番大きいけれどそれを差し引いても、だ。

「…一日寝るのは?」

「勿体なくない?」

「俺は蓮と過ごせれば、何でも」

「……」

「蓮が行きたいところがあるなら行くし、店で食べたいならそうするけど」

「虎の誕生日だよ?」

「うん」

「…僕の誕生日、虎はお祝いしてくれるのに」

「俺が勝手にしてるんだろ」

「…じゃあ僕も勝手にする」

蓮はそう言って近付きすぎて何度かぶつかっていた上唇を軽くつきだしてキスをした。夜のキスは、いつも爽やかなミントな匂いがする。あんまり好きじゃないそれも、今ではもう習慣になってしまってこれを感じると“夜”の気分になる。朝だって同じはずなのに、なぜか夜の方が感じる。やわやわと唇を食み合いながら「明日はお昼まで寝て、夜は僕が外でご馳走する」と溢す蓮に「チャーハンがいい」と笑いながら言うと下唇を軽く噛まれてしまった。

「本当はたくさんご馳走作りたいけど、買い物してないから…それは日曜日、楽しみにしてて」

「じゃあやっぱり、明日は─」

「却下」

「なんなの」

「当日に一日一緒に居られるの嬉しいって、思ってるの僕だけかな」

「……もう眠いだろ」

「全然」

「半分寝てるぞ、顔」

キスをするために目を閉じているのか、眠くて瞼がおりてしまっているのかどちらか分からないくらいには、蓮の声はとろみをつけたみたいにとろとろだ。

「とら」

「ん?」

「誕生日、おめでとう」

「…ありがとう」

「ふふ、同い年になったね─」

柔らかく笑った声に、思わずキスを仕掛けた。
服の中に忍ばせた手を腰から上へ滑らせると、ん、と小さく声を漏らしながら蓮は背中を反らした。しなやかだ。男独特の硬さを纏いながら、けれど手に吸い付くような肌の滑らかさ。それは服をすべて取り去り、お互いの肌を重ねても変わらない。肌と肌を合わせているだけで、怖いくらい気持ちいい。
暖房を切った寝室は少し寒くて、それでも抱き合って眠るには全然困らなかった。

抱き締めたまま、朝を迎えたのだ。
まだ微睡む頭で蓮の向こうにある時計を見ると八時前だった。まだ早い。けれど休みでも、普段はもう起きている時間だ。日付が変わってから始めたセックスのおかげで、眠りについた時間が遅かったせいだろう。

けれど、目が覚めたとき蓮がこうして寝ているのは貴重だ。それを嬉しく思ってしまうくらいには。もう一度寝よう、今日は昼までぐだぐだすると、蓮が決めたのだから。
そう思いながら布団を肩まで引き上げ直し、すぐそこにある温もりを抱き締めた。その感覚に「、ん…」と、声を漏らした蓮はそのまま目を覚ましてしまった。






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