ひと夏の恋とか、短い恋とか、そういうのに興味はなくて。けれど、それでも、分かることもある。たとえば夏の非日常とか、分泌されるホルモンによって起こる興奮とか、それに伴う性欲とか。もちろん、目の前のものならなんでも、というわけじゃない。
「っ、ん、」
ただ、暑さにあてられていつもと違うという感覚は理解できる。
「はぁ、あつっ、」
「汗、すごい、ん」
「蓮も、温度、下げるか?」
「ううん、へ…き、後で、おふろ、入る」
背中にまわされた蓮の手が、お互いの汗で滑ってずるずると肩甲骨をなぞる。サウナにでも入っているのかと疑いたくなるほど汗でびしょ濡れの体を、それでもきつく抱き締め合ってするセックスは感覚にも視覚にも刺激的でもう何度も目眩に襲われた。
「う、ぁ…とら、虎、」
「なに、?」
「みず…水、とって、」
「ん、ちょっと、我慢、な」
「っ、やっ、虎、奥…あたっ…」
「ほら、口、」
「うぅ…ダメ、も、いきそ」
「水、飲むんだろ」
手を伸ばし、ベッドのサイドボードにあったペットボトルをとると、体勢が変わった所為で奥を突かれた蓮は背中を反った。突き出された上半身はぴくぴくと揺れる度、汗で艶やかに輝く。
「ん、くち」
「は、ぁ…ん、ふ、ぅ」
自分の口にペットボトルからスポーツドリンクを一口含み、緩く口を開いた蓮に唇を重ねる。隙間から溢さないようにとぴたりと蓮のものが吸い付きその口内へ流し込む。けれど唇の端から飲み込みきれなかった液体が溢れた。
「んっ、」
「まだ?」
「ん、も、いい」
唇を重ねたままのくぐもった声。それごと飲み込むみたいに舌をさしこみ、溶けてしまいそうに熱い蓮を捕まえる。もう限界なのは繋がった部分から伝わってきていて、自分ももう持ちそうにない。止めていた腰を引き、パンッと音がするように打ち付けると、蓮は下唇を噛んで達してしまった。
「ぁあっ、は、ぁ…」
「、っ」
「…ごめ、ぼく、だけ…」
「いい、俺も、」
「ひっ、ぅ…」
暑さにやられて気力も体力もないのに、なぜか蓮への欲は増すばかりで、引き抜いた自身から外した三つめのコンドームの中にはしっかり出たものが溜まっていた。それでもまだおさまらないとは言えず、荒い呼吸を繰り返す蓮の額にキスを落とした。
「はぁっ、はぁ、とら、も、無理…」
「ああ、ふろ、用意するから、ちょっと待っ─」
「むり、…けど、なんか、おさまん、ない…」
「れ、」
「どうしよう、からだ、へん、」
汗と涎と精液、ローションにスポーツドリンク、もう何でべたべたなのか分からない体をそのままに、蓮は珍しくうじうじと泣きそうな声を出した。全く同意見な俺としてはむしろありがたいその言葉に、新しいコンドームに手を伸ばす。
「っ、とら、」
「ん?」
「むり、も、」
言いながら、蓮のものがゆるゆると勃ちあがる。それを隠そうとする手をとり、自分のものと一緒に蓮のものへ添えさせる。
「あっ、だ…」
「イきそ?」
「んぅ」
互いのものを重ねて二人の手で数回扱くと、すぐに蓮は射精した。もう意識が朦朧としているのだろう、焦点の定まらない目がゆらゆらと宙をさ迷い、やっと俺を見つけて目を閉じた。
このまま眠ってしまっても良い。けれど、さっきシャワーを浴びると言っていたし、このびしょびしょに濡れたシーツで寝るのは良くない気がして蓮の体を拭いて風呂の用意をしてから軽く頬をつねった。
「…う、ん?」
「風呂」
「…ん、入る。虎は?」
「あとでいい。先浴びてこい」
「僕があとでいいよ。虎が先に─」
随分汗をかいた。スポーツドリンク一口じゃ、きっと全然補充できてない。自分の喉にそれを流し込みながらそう気づき、起き上がってシーツを取り替えようとする蓮の腕を掴んで引き寄せる。
「とら?」
もう一度、口移しでそれを蓮に押し込み、溢れて濡れた口元を拭って風呂場へと誘導した。
「シーツ替えとくから」
「……ありがとう」
少し冴えてきた頭で、その感謝の言葉は相応しくないなと思った。いや、そういうのを言い合えるのはいい。ただ、それじゃまるでシーツを替えるのは蓮の仕事、みたいに思える。そもそも俺のベッドだ。しかも、汚したのもほとんど自分。ありがとう、を言うべきなのは俺な訳で。
「あがったら、寝てて良いから」
「ううん、待ってる」
「蓮、」
風呂場に押し込みながら、それでも頷かない蓮。一つため息を落とし、裸に一枚羽織っていただけのシャツを脱いだその横で、自分もズボンと下着を脱いで二人で風呂場に入った。
さっさとシャワーを浴びて、涼しくした部屋でアイスでも食べたい。口には出さなかったけれど、蓮には伝わったのだろう。
二人で風呂に入るなんて月に一度あったら良い方で滅多にない。それでも、その稀な日はいつもなかなか出られない。いつまでも湯船に浸かってみたり、背中を流しあったり、時間をかけてしまうから。
それでも今夜は暑いから湯船に浸かりたくはない。代わりにシャワーを手早く済ませて寝室に戻ると、すっきりした体と気分のおかげでさっきまでの熱はおさまってくれた。シーツは二人で仲良く取り替え、脱ぎ散らかした服と一緒に洗濯機に放り込んでおいた。
夏の暑さに高まるのはよく分かる。けれど、俺が理解できるのは夏が終われば覚めてしまうような夢とは、冷めててしまうような熱とはきっと違う。蓮の熱が、汗が、匂いが、そして漂うフェロモンみたいなものに、いつも以上に反応してしまうだけだ。だってこんなに暑くて、汗をかくところは夏しか見られない。
寒くなればさらさらの肌で寄り添い合う、その感覚にも同じように体は熱を帯びる。だから、決して夏だけの話ではないところが、違う、のだと思う。常にシャツのボタンを一番上までとめたような堅さを持つ蓮が、それをはだけさせて乱れるのだ、興奮しないでいられるはずがない。
「喉乾いたね」
「これだけしか残ってないぞ」
「…アイス買いに行く?」
「……あり」
「よし、じゃあ行こう」
熱帯夜、手を繋いで歩いた道に、また少しだけ汗ばんだけれど嫌な感覚は全くなく、たまには夜中にアイス食べるのも良いねと笑う蓮に、俺は夏も悪くないなと思うのだった。
熱帯夜
(汗とキスとセックス)