先生の秘密
四十万打企画
リクエスト:生徒×教師
***
先生の秘密を知っている。
可愛い俺の先生
生徒に紛れて見失ってしまうような先生は、明るくて、優しくて、たまに怒るけどそれも可愛く思えるほど全然怖くない。授業も楽しいと生徒から人気で、休み時間にはサッカーに混ざる。そんな先生は、俺の事が好きだ。
「綾川、」
「違うでしょ、先生」
「……」
「ほら、ちゃんと呼んで」
放課後、生徒の居なくなった校内、科学準備室。コーヒーを飲む為にスイッチを入れたケトルが音をたて、先生の意識が一瞬そっちに向いた。
「雛野先生」
「あ…」
壁に追いやり顎を掴んで顔を寄せると先生は頬を真っ赤に染めて目を伏せた。身長は170cmにギリギリ届かないくらいだろう。小柄というよりは華奢で、たまに羽織っている白衣はぶかぶかだ。いつもハキハキしている先生は、俺の前でだけ俯いて言葉を詰まらせる。
「……め、」
「聞こえないです」
どうしてこの人が俺の事を好きなのか、正直なところそれはよくわからない。先生は確かに人気で、一緒にお昼を食べたり遊んだりする生徒はたくさんいる。でも俺はその中には居ないし、ましてやこっちから好意を向けたこともない。ただ、気づいたらこの人から視線を向けられていて、目が合えばあからさまに赤くなった顔を背けられ、挙げ句、俺の机を泣きそうな顔で撫でていた。それを見付けて、思わず「好きなの?俺のこと」と、問うてしまったのだ。
「、なつ…め」
そんな子供みたいな質問に、この人はまた真っ赤になって、泣いてしまった。普段からは想像できない儚さや色気みたいなものを感じてしまった俺は、ゆっくりその手をとった。それが始まりだ。
「うん」
「な…棗、」
「先生、好き?俺の事」
「そ、ういうこと…」
「聞いちゃだめ?」
柔らかい黒い髪、濡れた長いまつげ、上唇の薄い口、全てが可愛く思えるのは、先生が俺を好きだと言ってくれるからだろう。
「…聞かないで」
「俺は好きだよ、先生のこと。スゲー好き」
簡単に言えてしまう俺と、いろんな葛藤と道徳的な問題で言えない先生の気持ちは違うのだろうか。
「好き」
「棗…」
「俺のこと好きなら先生からキスして。それで勘弁してあげます」
目一杯に涙を溜めて、人の顔ってこんなに赤くなるんだってくらい真っ赤になって、意地らしく下唇を噛む先生は、濡れて束になった睫毛を揺らして俺を見上げた。
「目…」
「ん?」
「…閉じて」
「ああ、はい。どうぞ」
俺の何が良いのか、どこが好きなのか、聞くべき事をすっ飛ばしてキスをねだっても叶ってしまう。
小刻みに震える唇がゆっくり触れ、すぐに離れた。それを追い掴んでいた顎をひいて噛みつくと、先生はついに涙を溢してしまった。
「せんせ」
「っ、ん…ふぅ、なっ、つ…」
先生の舌は意外と長いとか、薄いとか、熱いとか。知ってしまったらもうダメで、一生懸命俺の肩を掴んでキスにこたえてくる先生は可愛い。全身で俺を好きだと言ってくれる彼を、俺は好きだ。
「なつめ、」
「うん、なに、先生」
「ふ、ぅ…ごめ、ごめん、ね…」
「なんで」
「っ…す、きで…」
先生とのキスはいつもしょっぱい。いつも泣いているからだ。その涙を拭いながら唇を合わせて、そうする度に俺は先生を好きになって、先生はごめんねとまた泣く。俺は罪悪感に押し潰されそうな先生を抱き締めて、何度も何度も好きだと言う。
「謝らないでよ」
誰にも内緒で、みんなの雛野先生を独り占めする瞬間が堪らなく好きな俺を、先生は何て言うんだろう。
先生の秘密
放課後、科学準備室