隠し事


四十万打企画
リクエスト:葉月孝成、切なめ

***

水城孝成。
几帳面で形の良い文字に、足が止まった。

俺には読めない漢字の羅列。性格を表すように真っ直ぐ、等間隔に紙に浮かんでいるその文字は一文字一文字力強く、けれどしなやかで、本当に彼そのものみたいだった。

「うわ、部長って感じの字だな」と、加藤が足を止めた俺の横で溢した。廊下に貼られたいくつかの作品の中で、迷わず孝成さんのものを見つけてしまうくらいにはその字にも見慣れてしまっている。

「やっぱり頭良い人って字も上手いんだな〜部長毎回貼り出されてるし」

選択授業で書道をとっているだけ、にしては上手すぎるのだ。もしかしたら孝成さんの実家は名家で孝成さんも跡継ぎなのかもしれない。それくらいの気品みたいなものは感じる。けれど孝成さん自身、地元の事は何も話さないから俺はなにも知らない。憶測と勝手な妄想しか出来ないのだ。

「おい葉月、行くぞ」

シャツに墨を付けたって、顔に付けたって、孝成さんはそのまま堂々としているのだろうとか。きちんと手を洗っても爪を縁取るように黒く染まったそれは落ちず、それだけはやたら気にするくせにとか。
部活の前にテーピングする彼を見ながら、今日は選択の授業があったんだなと、俺には関係ない孝成さんの予定を考えたり、部活が終わったらその手を俺が綺麗に洗ってあげたり、いつだって孝成さんは俺の中心に居る。穏やかな顔で鎮座している。

秋晴れの空を切り取る廊下の窓は三センチほど開けられていて、気持ちの良い風が吹き込んできていた。その窓を一つずつ視線で追い、辿り着いた多目的ホールに体を滑り込ませると既に何人かの部員は着席していた。俺と加藤も例に倣い適当な場所に腰を下ろす。それと同時に少し乱暴に頭を撫でられた。

「早いね、偉い」

「、孝成さん」

「あ、部長、お疲れ様です」

「お疲れ。葉月の隣いい?」

「あ、どうぞ」

加藤とは反対側の隣を視線でさされ、すぐに椅子をひいた。ありがとうと、脱いだブレザーを几帳面に椅子にかけ、シャツの袖のボタンを外して腕捲りをした孝成さんが微笑む。主将がこんな中途半端な席に、しかも一年生の隣に座って良いのか分からないけれど、単純に嬉しいのだからそれは言わない。

「孝成さん」

「ん?」

「こっちだけ襟たってます」

「ほんとだ。ありがとう」

「……待って…はい、いいです」

「ありがとう」

あんなに綺麗な字を書けるのに、襟のひとつも直せない。すっと綺麗な筋の入った首が、ゆっくりと動く。造形物みたいな綺麗さと、けれどその中のガサツさ。冷静さの下に隠された本当の孝成さんは、負けず嫌いで努力家で野性的だ。そんな孝成さんの仕草や振る舞いはどこを切り取っても映画のワンシーンみたいで、俺はとても好きだ。

「まだ変?」

「え、あ…いいえ」

慌ててその首筋から手を離すと、それより早く動いた孝成さんの手に掴まってしまった。

「たか─」

「遅い」

反応、と少し口角を上げた孝成さんはそのまま手を下ろして五人掛けの長机の下で指を絡めた。滑らかな肌の、硬い指。
誰も知らない誰も見ていない。男が何十人も集まっている中で、その集団のリーダーがこんなことをしているなんて。誰も考えない。日常的に手を握ってキスをして、それなのに俺とこの人の関係は後輩と先輩で。部員と主将で。

「温かいね、葉月の手」

「、」

「気持ち良い」

ずるい。
自分の気持ちをはっきり示さない俺もいけないけれど、きっとそれが一番ダメなんだろうけれど…それでも、何も言わない孝成さんだってずるい。自分から寄り添ってきて、俺が少しその手を引くと軽くかわして逃げていくのだから。

「なんでこんな冷えてるんですか」

「なんでだろうね」

「寒いのに腕捲りするから」

「ああ、そっか…じゃあ、おろして」

どうして捲り上げたのと呆れたり、自分でやれと怒ったりしないことを分かっているのもずるい。ほどかれ差し出された手は、俺が好きな正しい手に間違いないなくて。袖をおろしボタンをとめて、カーディガンの袖もきちんと整えると「ありがとう」とまた微笑む。抱き締めたいなと思った俺を牽制するように、正面に設置されたホワイトボードの前で高見先輩が孝成さんを呼んだ。

「何でそんなとこ座ってんだよ。前来い」

「はは、だよね」

じゃあねと、孝成さんはあっさり腰をあげてしまった。ブレザーを残して前に出ていった孝成さんのそういうところだってずるい。

俺がもし、この気持ちを言葉にしたら孝成さんはどうするんだろう。俺が自分から横を離れても、孝成さんはきっと止めない。俺が離れられないことを知っていているから。でも孝成さんはどうだ…考えてみても、知らないことの方が圧倒的に多くていつもすぐにやめてしまう。本当は泣いて怒ってでも孝成さんを抱き締めたいし、孝成さんが同じように感情を剥き出しにしてくれたら俺は喜ぶのだろう。

「全員どこでもいいから座って」

「お疲れ様です」と続々と入ってくる部員にいちいち返事をしながら、たまに俺の方を見てにこりとする。そういうずるい人だと知っても、俺は孝成さんに手を伸ばすことをやめられない。

「揃った?じゃあミーティング始めます」

このミーティングが終わったら、俺は孝成さんのブレザーを持って彼の元へ行き、しっかり羽織わせてから家まで送るのだろう。胸に抱いた疚しい気持ちに蓋をして。




( s e c r e t ) 






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