特別な朝


百万打企画
リクエスト : TigerxLotus 虎視点

***
恋人は世界で一番綺麗な人だ。
頭のてっぺんから足の先まで。

佇まいや仕草一つ一つが優美で、艶やかで、とにかく目をひく。ベッドの上、普段の穏やかな声は、俺しか知らない熱を孕む。

「今日はカルボナーラだよ」

料理はとにかく上手い。
趣味にしておくには勿体無いくらい何を作っても美味い。「美味い」しか言えない自分の語彙力は残念だけど、胃袋をがっちり掴まれてしまっている俺は、他の誰かの料理で落とされることはないと言いきれる。
店で食べるもの、とはまた違うけれど俺個人の意見としては蓮の手料理の方がよほど価値があると思うくらいには。

「うま…」

「美味しい?良かった〜チーズと卵に黒胡椒だけの味付けだけど大丈夫?足りる?」

「充分」

パスタを茹でる段階で塩を使っているのと、普段の料理ではほぼ使わないような…名前は知らない…ベーコンの塩気だけで充分に足りる。店で食べるカルボナーラほどの重さやくどさはなく、用意されたパスタはあっさり胃におさまってしまった。付け合わせのサラダとグリルされた白身魚と野菜、バランスもきちんと考えて作られた蓮の料理がなくなり皿だけがテーブルに残された。
グリルされた野菜なんて昔なら絶対食べられなかったのに、今は何も思わずぺろりと食べてしまう。これはただの成長なのか、蓮の食育の賜物なのか、どちらにせよ蓮と居なければ食べられるようにはなっていないだろう。

「たまにはいいね、夜パスタ」

「ああ、ご馳走さま」

「お粗末様でした」

「まじでうまかった」

「ありがとう、良かった。ちょっと手抜きかなって思ってたけど足りた?」

どこをどうとったら手抜きなのか…確かにパスタは手軽に作れて休日の昼に出てくることが多い気がしないでもない。けれどそれを手抜きだと思ったことはなく、むしろそのパスタさえ簡単に作れない俺は立場がない。
和食を作ればどこの料亭かと疑うようなものが出てくるし、初めて作ったと言いながら信じられない完成度のものが出てくる。ちょっと味が濃いかもしれないと異常に心配してもだいたいそんなことはないし、何より培ってきた手際のよさと感覚で「ん?」と思わせることはまずないだろう。

「あ、いいよ、お風呂沸いたから先入ってきて」

「あとでいいから蓮入れば」

「僕はあとでいいよ」

「いいから」

俺は蓮を養っている訳じゃないし、蓮も俺の家政婦をするつもりはない。共働きの夫婦に近い感覚で、というよりは性別関係なくお互いに自立した一人と一人の同居であって、出来ることを出来る方がする、そういう関係だ。料理も掃除も洗濯も、出来る方がする。その割合が蓮の方が多いときもあれば俺の方が多いときもある。

「じゃあ、先に入ってこようかな」

「どうぞ」

「ありが─」

必要のない感謝の言葉をキスで遮りバスルームへ続く扉をひく。蓮は触れるだけで離れた俺の唇を一瞬だけ追い、名残惜しそうに下唇を軽く舐めた。その温度も感触も知っているというのに、知っているからこそ、触れたくてたまらなくなった俺は反射的に蓮の腰を抱いてその体を引き寄せた。

「どうしたの」

「…どうもしない」

「あはは、一緒に入る?」

「……入る」

「入る?」

入るの?と少し戸惑いながら、それでもあっさり賛成した俺を蓮はすぐに受け入れて手を引いた。良い大人になっても恋人と一緒に風呂に入るものなのか。穏やかな動作でありながら、絡まった指先の熱さがこの先を期待しているように思えて自分の気持ちも昂り始めていた。
綺麗で優美で、純白とは違うけれど潔白で、俺が触れれば触れるほど汚れてしまう気がしていた頃が懐かしい。今でも、蓮に付けたくないものを付けたこと、無意識のうちに付けてしまったもの、そういうものを考えると泣きたくなる。ただ、蓮が俺を好きだと求めてくれる度それは曖昧になってしまうのだ。

「とら」

「、ん」

蓮の指先に促され服を脱ぎ洗濯機へ押し込むと、蓮も服を取り払ってバスルームのドアを開いた。

もう隅々まで知り尽くした体を背後から抱き締めて、今夜もやっぱり蓮には敵わないと思いしる。
明日の朝、隣で神々しく微笑んで誰も知らない声色で「おはよう」と漏らし、その足で教壇にたつ。高校生の前で正しいことを、その声が紡ぐ。何とも言えない優越感のような、背徳感のような、それから罪悪感のようなものを抱きながら、俺はおはようを返す。
いつもと同じ朝、でもそのいつもの朝が毎日特別で、俺は隣で眠る蓮にキスをする。


特別な朝
(眠る君と目覚める僕)








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