明けない


百万打企画
リクエスト:NO SMOKING 雨に打たれてお泊まり、晴一視点

***

楓は顔が良い。
良い、というか可愛い。わりとタイプ。
まあ、本人に自覚がないからそれ相応に振る舞うこともなく、死ぬほど口が悪くすぐに手が出る。最悪だ。精神的な可愛らしさは皆無。けれど、それを踏まえても俺は楓の顔に弱い。

NO SMOKING
( 明 け な い ) 



「お前…」

「……」

「馬鹿かよさっさと乗れ」

「シート濡れるよ」

「んなもんあとでお前が拭けばいいんだよ」

「拭いても文句言うくせに」

「うるせーな早く乗れ。窓開けてるだけで中濡れるだろ」

迎えは要らないと連絡があったものの、学校を出る時間になって突然雨が降りだした。それもどしゃ降り、うるさいくらいの雷までおまけで。朝送り出した時に傘を持っていなかったのを思い出し、面倒だけど確認もしないで迎えに行かないことも出来ず。
これも仕事かと車を出して楓の学校へ向かった。電話には出ないしメールの返信もなかったが校門の前に着くとタイミングよく楓を見つけることが出来た。車を停めて窓を少し開けただけでも車内に雨風が吹き込んでくるほどの雨の中、もう濡れずに帰ることを諦めたように走り出した楓は俺の車に気が付いて足を止めた。
乗るのを渋る間にも中に雨粒が入り込んできており、ムカついて車に引きずり込んですぐに車を発進させた。

「お前傘ねぇならやむまで待ってろよ。つーか電話出ろ」

「充電切れた」

「はあ?馬鹿かよ。はぁ、取り敢えずうち行くから」

「えっ」

「ああ?なんだよ」

「あ、いや、着替えないけど」

「はあ?あるだろ」

「今朝全部ベランダに干した」

「……」

「取り込んでない、よな、そりゃ」

濡れてぺたりと額に張り付いた前髪を鬱陶しそうに手の甲でどかした楓は、ちらりと俺の方を見てなんとも情けなく眉を下げた。
顔だけ見ていれば本当にまあ可愛い。整っているというよりは、アーモンド型の目に色素の薄い瞳、長い睫毛、常に隙間が出来ている間抜けな唇、男にしては細い顎。趣味の悪いピアスまみれな耳と染めすぎてよく分からない色の髪を除けば大アリだ。まあただ、子供相手にそれが本気とは言えないが。それにあくまで普通の高校生、という壁がある。流石に手は出せないし出そうとも思わない。
あと五年もしたら楓だってそれ相応に歳を取って良い感じになるだろう。と、無責任なことは常々思っているが。今の楓は完全な子供で、濡れて震えてごめんなさいとでも言うように下唇を噛んで可哀想だが、俺としてはそれくらい汐らしい方が好みではある。

今朝二人で部屋を出る前に確かに洗濯はした。楓がそれを干すのも見た。今頃ベタベタになっていることも容易く想像でき、本日何十回目かのため息が漏れた。

「あームカつく」

「天気予報見とけばよかった」

「つーか何、お前が迎え要らねぇとか言うからだろ。とっとと出て来て乗ってれば良かったんだっつの」

「ちょっと用事があって」

「ああ?んなことしらねーよ!」

「そんな大きな声出さなくても聞こえる」

「ああ!?」

こういうところは心底ムカつくし、用事があると言いながら、実際には俺の迎えが嫌で普通に一人で帰っていることも多い。楓のスマホからGPSで居場所はすぐに分かるし盗聴器も仕込んでいる。探ろうと思えば何処で何をしているかなどすぐに知り得るというのに。

フロントガラスに打ち付ける雨をワイパーで避け、ガラスの縁が曇りだしたのに気付いてデフロスターのスイッチを入れた。エアコンを付けようか迷ったものの、濡れた楓には寒いだろうかと窓をほんの少し、雨が入ってこない程度に開けてマンションへ急いだ。
玄関で靴を脱ぐと靴下までびしょ濡れらしく、楓はその場で靴下を脱いでから部屋に上がった。靴も干さないと履けないだろと、ぽたりぽたりと水滴の落ちるローファーを指に引っ掻けて俺も自分の靴を脱いだ。

「うーわ」

「なに」

「足跡つけてんじゃねーよ」

「だって濡れてるしスリッパ履くの気持ち悪いじゃん」

「はぁー…」

「あとで拭く」

「あーもういいからさっさとシャワー浴びてこい」

「……」

「さみーんだろ、とっとと浴びろ。タオル置いといてやるから」

「着替えは」

「んなもん適当に俺の着とけ」

どちらにせよ今着ているシャツもパンツも洗濯して乾かさなければいけない。朝干してベランダで雨に打たれた洗濯物も、一緒にもう一度洗濯機に押し込んで乾燥までしてしまえばいい。
楓をバスルームに押し込んでタオルと着替えを用意する背後で、ジャッとシャワーの音が響いた。すりガラスが湯気でくもり、ぼんやりと滲んだ人の形が見えなくなる。
下心を持ちそうになる音から逃れるように洗濯機のスイッチを押してバスルームを出た。季節はもうすぐ夏だというのに、なかなか明けきらない梅雨のおかげで鬱陶しい天気が続いている。
早々に切り上げてきた仕事の続きでもしようかとPCを開き、窓に打ち付ける雨の音をシャットダウンするようにカーテンをひいた。それからしばらくしてバタバタと出てきた楓は遠慮がちに「晴一さん」とドアの向こうで声を発した。

「ああ?」

「コーヒー。飲む?」

「あー…飲む」

「いれるね」

「……あ、豆切らしてるからインスタントしかねぇぞ」

申し訳ないと思っているのだろう、少しばつの悪そうな声だ。パソコンを閉じて寝室を出ると、キッチンカウンターに置いたケトルが湯気を出していた。その向こうで俺のTシャツ一枚の姿で楓がカップにインスタントコーヒーを落としている。
まあ、なんというか、目に毒だ。
余っている袖を雑に捲し上げ、太腿をすっぽり隠すそれから覗く無駄な肉や大きな筋肉の付いていないスッキリした膝とふくらはぎ。これが手を出しても法に触れない年齢で、かつ同意があれば完全にセックスコースだった。それくらいあざとい格好をした楓は、けれど自覚が全くないらしく俺の事など気にせず二人分のコーヒーを無言でいれた。そもそも自分で選んでそんな格好をしているわけではない、俺が何か言えば無駄に怒るのが目に見えるなと、口を閉じる。

「……はい」

「ああ」

「乾燥、終わったら帰る」

「はあ?馬鹿かよ。もう泊まってけよ面倒くせえ。明日朝送るのも楽だし」

「でも」

「でもじゃねぇ。決まり決まり」

その格好でうろつくなと適当なスエットでも貸してやればいいのに、正直そのままも悪くないと思っている自分が心底残念で仕方がない。楓も男だからか恥ずかしそうにすることもなく、むしろ堂々とし過ぎていて残念だ。これがちょっかいをかけても良いとなれば服の裾を捲ってやりたいけれど、そんなことをしたら回し蹴りが飛んでくるのが目に見えている。だから、しないだけ、なのか。

「はい」

「……ん、」

「ありがとうは」

「はあ?」

「いらないなら飲むな」

「飲むっつってんだろ。つーかインスタントだろでかい顔すんな」

「どっちが」

「ああ?」

「あ、鞄も干さないと」

「鞄って、あ」

「なに」

「……なんでもねぇよ。さっさと干せ」

「意味分かんないし」

前屈みになってちらついた楓の下尻なんかにときめいた自分こそ本当に情けない。俺も大概だ、ほんとに。自分で泊まっていけと選択肢を与えなかったくせに、少し、ほんの少し後悔しているのは惨めなことに楓の顔がタイプだからか。
顔は可愛い、マジで。でも性格の可愛いげの無さを知ってしまった。それでもときめくなんて年甲斐もなく思うのだからよっぽどだ。

一つ大きくため息をついてから渡されたマグに口をつける。熱すぎたコーヒーに、楓は冷えているんだったと思い出した。馬鹿だな、本当に。鞄の中身を全て出し、ハンガーに不格好にひっかけた楓はそれを靴と一緒に浴室乾燥にかけた。
後ろ姿は完璧、脳内に焼き付けても良い。

まだ明けない梅雨に苛立ちながら、それでも美味しいものを見させてもらったことには少しくらい感謝してやろう。それくらいで丁度良いのかもしれない。







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