友人についての見解


百万打企画
リクエスト : 虎の溺愛ぶりを第三者視点で

***

顔は良い、とにかく顔だけは世界の美しい顔に選ばれても何ら遜色ないほどに。表情の乏しさが日常生活では難点だけど、綺麗さを引き立てるという意味では圧倒的な武器だ。それからそこそこ背も高い。運動部に入っていたわけではないのに男らしく、とにかくモテる。同じ男としては持って生まれたその容姿を羨ましく思うけれど、彼の頭の中はちょっと変わっている。


Tiger x Lotus

( 友人についての見解 )


虎士、という名前だけでもうなんとなく格好良い。周りからは“虎”と呼ばれ、ヒエラルキーの頂点に立っているような見た目をした、けれどまあ…それは雰囲気の話であって実際にはそんなヒエラルキーなど存在しない。

「な〜虎頼むって〜」

「無理」

「お願いこの通り!」

「……」

「虎、ね、一緒にやろうよ」

高校時代の友人が結婚するからお祝いのビデオを撮りたいと頭を下げられたのは一時間ほど前。集まったのは俺と、虎と、蓮、それからカメラ係の湯井だ。今でも二、三ヶ月に一回ほどは飲みに行ったりするけれど、数日前に届いた湯井からの飲みの誘いの文末には「お願いもあります」と添えられており、何かあるんだろうなとは思っていた。それがまさにビデオメッセージのお願いだった。

既にアルコールが入っているというのに虎は顔色一つ変えないで…四人の中では一番飲んでいないけれど…さらりと「嫌」を連呼している。ノリが悪いという話ではなく、そういう人目に晒されることがとにかく嫌なのだろう。
俺がこの顔なら喜んでアップで撮ってくれと言うのにな、と勝手に納得して手元のジョッキに指先を引っ掻けた。

「タツからもなんか言ってよ!」

「いいじゃん、虎だけ電報で」

「撮ってくるって言っちゃったよ!」

虎の隣、蓮が諭すように「喋らなくて良いから僕の隣で映るのは?」と声を潜めると、虎は目を細めてやっと少し考える素振りを見せた。
あの頃からそう、無表情無愛想鉄仮面そのくせ顔が良いというだけでモテる、けれどそれに全く興味はなく、あるのは蓮にだけ。最初、蓮のお人好しが過ぎるから群れないで一人で居ようとする虎を気遣っているのだと思っていた。それに虎がなついてしまった、と。でなければ到底、真逆の人間同士がここまで仲良く出来るわけがないと決めつけていたからだ。けれど俺の検討は見事に外れ、二人は幼馴染みで普通に仲が良く、お互いに信頼と依存をしあっているようだった。
まあ、どちらかと言えば…いや言わなくても、虎の蓮への執着と忠誠は常軌を逸している。

例えばこうして複数人で外に出ても蓮の隣は譲らない。蓮が人にぶつかれば反射的に腕をひくし、明らかな好意が蓮に向けられていると察すれば盾にでもなるように蓮を後ろへ遠ざける。誰かが触れようとでもしたら不自然なほど素早くそれを遮るし、どんだけ心配してんだよと呆れるほどとにかく虎の溺愛度は目に余る。
蓮が人から好かれる質なのは間違いなく、天然の人たらしで心配なのも分かる。けれどそれを差し引いても女子から好意を向けられるのは圧倒的に虎の方だ。この男はそれを分かっていない。蓮がどれだけ我慢していることか、と説教してやりたい気持ちは前々から抱いているものの、なかなか本人には言えないでいる。

「てか、そもそも虎が式出るなら俺もこんなに必死になんないし。社員旅行ってなに、休めないの?」

「強制参加のハワイ」

「ちょうど式の前後二日くらい居ないんだよね」

「まじなんなの、ちょっと抜けて来いって言われなかった?」

「言われた」

虎は社員旅行の方がだるいからなという顔をしたけれど、湯井は眉を下げて頼むからを繰り返した。それこそ何もかも手続きをしてあるのだからこればっかりは仕方がない。
店員がラストオーダーを取りに来ると、湯井は素早くオーダーをして伝票を受け取った。
高校生の頃から変わらない自分達の関係、そして虎と蓮の距離の近さ。キスでもするんじゃないかという距離で言葉を交わし、蓮が小さく笑いを溢すと僅かに、本当に僅かに、虎の表情筋が動いた。
そういう、些細な変化もよくよくよーく見ていなければ見逃してしまうほど虎の顔面は動かない。それをあっさり引き出してしまう蓮は、よっぽど虎の特別なのだろうと漠然と思ってはいた。実は付き合っている、と報告をされて以来激しく納得したのは言うまでもない。

「虎は?何食いたい?」

「もういい」

「まだ九時前じゃん。もうちょっと粘らせて」

な、な、とカメラ片手に湯飲みを煽った湯井に、蓮が「蕎麦は?一本向こうの通りだけど、あそこの蕎麦アイス美味しかったよね」と提案する。〆の蕎麦にするには早いと言いながらも、二件目は天ぷらや刺身も上手いと評判のその店に決まった。超が付くほどの偏食人間虎は相変わらず片寄ったものしか食べなかったものの、機嫌は口や態度ほど悪くなかった気がする。あくまで、気がするだけ、だが。
付き合っているという報告をされた時の率直な感想は「安心した」だった。安心、というと変な感じだけど、とにかく、二人の形がそれならそれで良いし、近くで二人を見ていた俺としてはそれがしっくりくるのと同時に、虎の異常なまでの執着がそこに収まったこと、蓮のいきすぎた博愛やあらゆるものへの慈愛を越えた、人間らしい気持ちがあったことに安堵したのだ。なんとなく、そうあるべきところに収まった、というような感覚だった。
むしろそうでなければ虎が報われないと思えるほど、見ていて痛々しいくらいの熱を感じていたのだ。

「はぁ〜ほんとにまじ今日はありがとうな、三人とも」

「ううん、こちらこそ。手伝えることあったら何でも言って」

「ほんと神様だな、蓮は…蓮、は!」

「……」

「蓮が居なかったらとうなってたことか…」

「大袈裟だよ」

無事蓮の隣で無表情のまま本当に映っただけの虎は眠そうにあくびを漏らし、やんわりと蓮の腕に自らの腕を擦り付けた。蓮にしかなつかない可愛くない猫のような、けれど蓮にしてみれば自分にだけ忠実な犬なような。
そんな虎を横目に、湯井は動画を確認して「まあ良しとしよう、完璧」と、口角を上げる。
終電にはまだ早い時間だったが、四人とも明日は仕事だからと解散することになった。奥さんが迎えに来た湯井とは駅前で別れ、蓮と虎と肩を並べて駅の構内へ入ると、飲み屋街が近いせいもあってそこそこ込み合っていた。

「くぁ〜、飲んだ飲んだ」

「今日ペース早かったもんね」

「なんだろうな、久しぶりにこんなに飲んだかも」

「明日大丈夫?」

「平気平気。あーでも、俺も誰かと住みてぇかも」

「ええ?」

ふわりと笑った蓮はそれもう幸せそうな顔で俺を見て…わりといつでも穏やかににこにこしていて朗らかな空気を纏っているけれど、それ以上にどきりとするような…「楽しいよ」と呟いた。友人としての付き合いはまあ、そこそこ、になったものの、虎と一緒に生活すると言うのは耐え難いものがある。俺には。それをさらりと楽しいの一言で、幸せだと言う表情を添えて言い切ってしまう蓮にはやはり敵わない。
朝起きて隣に誰かがいること、部屋にその気配があることを想像して、良いなと思ったのは事実だ。蓮の腕を撫で、やんわりとその指先を掬った虎は自身の上着のポケットへその手を導いた。とても自然な、本当にただ普通に呼吸をするのと何ら変わりない流れるような動作で。

「まーじゃあ、また」

「うん」

「蓮は式で会うけど。虎もまた」

「ん、」

「おやすみ」

「おやすみ、気を付けてね」

蓮は虎の上着のポケットに押し込まれた手とは反対の手を軽く上げ「また」と、綺麗に微笑んだ。派手な顔立ちではないものの、整っているのが際立つ表情だ。鼻の形、目のバランス、歪みなく並ぶ歯。微笑むときゅっと上がる口角と、左右対称に細くなる目。虎はそんな蓮をずっと昔から見てきたのだ、好きになるのも分かる…分かる、というか、ずっと一緒にいてそれを当たり前に向けられていたら洗脳されるのでは、という感覚に近い。
馬鹿げたことを考えてしまったと思いながら俺も手を振り返し、二人とは反対側のホームへ向かう。

一度振り返ると蓮がもう一度手を上げてくれ、胸の奥がじんわりと暖かくなるのがわかった。その隣で虎が蓮の横顔を見つめているのもバッチリ見えた。
二人が幸せならそれで良い、ただ少し、羨ましさに隠した僻みを言うとしたら蓮にはもっと他の誰かが居るのでは、だが虎以上の愛情は確かに他にはないかもしれない。

「まったな〜」

出会った頃から変わらない冷たい目付きでやっと俺の方を見た虎は「ぶつかるぞ」とぶっきらぼうに溢して俺の方を指差した。

彼らくらい誰かの事を好きになれたらどんな感覚なのか、俺はまだ知らない。虎の溺愛度合いが異常だと言いながら、自分も人の事を言えなくなるのかもしれない。

そんなことをカラリと乾いた空気の中で重い、冷えた指先を握り込んでポケットに押し込んだ。







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